「夏の終わりに願うこと」

「夏の終わりに願うこと」©2023- LIMERENCIAFILMS S.A.P.I. DE C.V., LATERNA FILM, PALOMA PRODUCTIONS, ALPHAVIOLET PRODUCTION

2024.8.09

この1本:「夏の終わりに願うこと」 素描に漂う複雑な情感

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

闘病中の父親の誕生パーティーを開く、メキシコの一家の一日を描く。しかし際だった物語はなく、視点人物は小さい娘ということになるが、はっきり主人公と言える人物も登場しない。にぎやかな一日の素描なのに、複雑で重層的な情感を漂わせている。

7歳のソル(ナイマ・センティエス)は父親トナ(マテオ・ガルシア・エリソンド)の誕生日を祝うため、母親のルシア(イアスア・ラリオス)と祖父の家にやってくる。発声補助器を付けた精神科医の祖父、トナの2人の姉と兄、その子どもら大勢が集まってパーティーの支度を進めていく。その傍らで、祖父は患者を診察し、おばが招き入れた霊媒師がトナの回復のために霊をはらうとウロウロして、祖父を怒らせる。大人たちはトナの治療費で頭を痛め、ソルは物置で見つけた古いワインにいたずらで口をつける。

エピソードの一部始終を語るわけではないし、一族の人物像を一人一人浮き彫りにするようなこともしない。カメラは家の中のあちこちで起きている事柄の断片を均等に拾い上げ、モザイクのように並べてゆく。ほこりっぽいガラスから差し込む光とか、庭の緑とか、人間たちを取り巻く事物にも目を向ける。

しかし雑然とした家族の日常は、死の予感に覆われて陰りを帯びている。トナの病は重く、つきっきりの看護が必要なために、妻子と離れて暮らしているらしい。トナは衰弱が著しく、子どもたちにその姿を見せたくないのかもしれない。映画の冒頭から、ソルは周囲の大人たちに「お父さんに会える?」と問い続ける。彼らの言動の端々に、不安と、奇跡への淡い期待が張り付いている。終盤の誕生会でのラテンアメリカらしい陽気な騒ぎは、親密な家族の空気で満たされる。

分かりやすい物語を期待すると退屈で、混乱するかもしれない。今の日本では異質な作品だが、起承転結や強いキャラクターがなくとも、人間に向けられた確かなまなざしと描写の力とで、映画は十分魅力的になるのである。リラ・アビレス監督。1時間35分。東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、大阪・テアトル梅田ほか。(勝)

ここに注目

メキシコの大家族が織りなす一日の出来事をつづった本作。登場人物が多いうえに筋立ても曖昧で、行き当たりばったりのとっちらかった印象を受ける。その半面、さまざまな動物や昆虫を取り込んだ描写が細やかで、生命の鼓動を感じさせる世界観を紡いだ作り手の感性がユニーク。家族の親密さの中に、庭や物置でひそやかな探検を繰り広げる少女ソルの好奇心や寂しさをすくい取り、魅惑的な瞬間をスクリーンにきらめかせた。言葉にならない幾多の感情を喚起するラストショットも、しばし脳裏に焼きつく。(諭)

技あり

ディエゴ・テノリオ撮影監督の仕事。トナの誕生日に集まる親類一同を暖色系の色調で、手持ちカメラを駆使して引き画(え)を避け、芝居がよく見えるポジションを選んで撮った。カメラ正面からの人物ライトを制限し、顔の正面を暗くして現実感を増している。例えば、祖父が亡き祖母の盆栽をトナにプレゼントする場面。食器棚ごしに、奥から来たトナを横移動で追い、呼び止め、祖父の後ろ姿の両脇にトナらを入れ込みで見せる構図が面白い。キッチリした撮り方が子供たちをイキイキと見せることに貢献した。(渡)

この記事の写真を見る

  • 「夏の終わりに願うこと」
さらに写真を見る(合計1枚)