「逃げきれた夢」 ©2022『逃げきれた夢』フィルムパートナーズ.jpg

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2023.6.09

この1本:「逃げきれた夢」 〝不器用さ〟を絶妙に造形

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

「お嬢ちゃん」「枝葉のこと」と地味ながら個性的な映画で注目される二ノ宮隆太郎監督の第4作。光石研を主演に、光石の故郷北九州で撮影するという構想で始まった作品だ。光石の存在とお国言葉が風景に溶け込んで、中年を過ぎて迷う男のモヤモヤとした気分を、リアルに巧みにすくい取った。

定時制高校の教頭、末永周平(光石)は定年まであと1年、「忘れる病」と診断されて途方に暮れている。行きつけのそば屋に勤める元教え子、南(吉本実憂)には病気のことを漏らしたものの、周囲の誰にも告げられない。周平はしかし人生に区切りをつけるように、周囲との関係を見つめ直す。彼なりに誠実に、しかしとても不器用に。

認知症で施設にいる父親を訪ね、一方的に語りかける。娘の由真(工藤遥)に唐突に、恋人のことや仕事のことを聞いて気味悪がられる。関係の冷え切った妻彰子(坂井真紀)に抱きついて手厳しく拒絶される。幼なじみを飲みに誘い、煮え切らない物言いに口論になる。

学校では人当たり良く、テキパキと実務もこなす。生徒とも隔たりがない。しかし、どことなく実がない。悪い人ではない、というかむしろいい人。そつがなくて真面目だが、心の底がもう一つ見えない。自分でも分かっていないのかもしれない。由真と彰子に向かって真剣に思いを打ち明けているのに、途中から混乱して支離滅裂になる情けなさ。そんな周平の人物造形のさじ加減が、二ノ宮の脚本も光石の芝居も、絶妙だ。

悲惨というと大げさで、不幸かというとそうでもない。周平は諦めているようでもホッとしているようでもある。町中にいれば印象に残らないだろう平凡な周平が、映画ではそのくすんだ調子ゆえに心に残る。

二ノ宮監督のこれまでの作品では、主人公はイライラを抱え、時に暴力を発動させた。今作の周平は正反対のようだが、自分で自分をつかみきれないという点では二ノ宮監督ならではの主人公かもしれない。カンヌ国際映画祭と並行して開かれたACID部門で上映された。1時間36分。東京・新宿武蔵野館、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(勝)

ここに注目

妻とのスキンシップ、娘とのコミュニケーションを試みて空転する主人公がいたたまれない。しかも共演者のリアクションが真に迫り、居心地の悪さが映画的なスリルに結実する。いくつもの長い会話シーンで切り返しの編集をしているのに、粘っこい長回しショットを見たような吸引力。驚くべき飛躍も、クライマックスに相当する場面もないが、脇役と思われた若い元教え子と主人公が〝夢〟について語る終盤は意外な展開。キツネにつままれたような気分にもなるが、人生の機微に触れた手応えは残る不思議な一作だ。(諭)

技あり

四宮秀俊撮影監督は二ノ宮監督と3本目。二ノ宮は「今回は手持ち撮影をせず、人間光石さんと彼に対する人物を、カットを割って見せる。そのバランスで成り立つ世界を描きたい」と伝えた。四宮の手法は、カメラが人物と同時に大胆に動いてドラマを見せる魅力があるが、それを封印。俳優を切り返しでキッチリ捉える方法を模索した。後半、周平が育った街に南を案内した後、喫茶店で向き合って座る。南が福岡・中洲の「月50万」の仕事で貯金し旅行するという話に、周平がちょっと引く。その芝居がよく伝わった。途中でカメラの動きがあると映画は滑らかに流れる。(渡)

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