「PERFECT DAYS」 ⓒ 2023 MASTER MIND Ltd.

「PERFECT DAYS」 ⓒ 2023 MASTER MIND Ltd.

2023.12.22

この1本:「PERFECT DAYS」 物欲を離れ…幸せとは

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

映画の登場人物はたいてい悩んだり苦しんだりして、その果てに幸せや救いが訪れるものだ(不幸なまま終わることもよくあるけど)。しかしビム・ベンダース監督のこの映画の主人公、トイレ清掃員の平山(役所広司)は、居心地の良い環境で満ち足りた毎日を淡々と生きている。幸せってこういうことかも……とまで思わせる。「パリ、テキサス」などさすらう男たちの物語で名を成したベンダース監督、今作では居場所を見つけ迷わず生きる男の肖像を描き出す。

平山は古いアパートに1人暮らし。朝早く起きて身支度を整え、車で音楽を聴きながら通勤し、しゃれたデザインのトイレを丹念に磨き上げる。休憩時間に公園で木漏れ日を撮影し、居酒屋で食事して銭湯に寄り、文庫本を読みながら床に就く。

平山の周りには、余計な物がない。カセットで古いロック音楽を聴く。公園で見つけた苗木を植えて、毎日水をやる。1人だけれど孤独ではない。小さなさざ波も立つ。若い同僚(柄本時生)の片思いに手を貸す。めい(中野有紗)が家出して押しかけて来る。行きつけの小料理屋のママ(石川さゆり)の元夫(三浦友和)と遭遇する。平山は慌てず、といって冷笑もせず、誠実に向き合う。

平山にも過去はあって、それがあまり幸せではなかったらしい。全部捨てて、トイレ清掃を選んだようだ。そこはかとなく匂わせる。物欲を離れ名誉や地位にとらわれず、承認欲求からも自由になった。仙人のよう。いいなあ、こういう生活。そう思う人、きっと多い。

ベンダース監督は、日本の日常の断片を巧みに切り取った。公園の木漏れ日、高速道路の高架の重なり、川と橋。見慣れた風景なのに、新鮮だ。といってそこは、外国人が夢見る理想郷でも、理解不能な異郷でもない。その風景の中に、役所が平山としてたたずんでいる。静かなほほ笑み、かすかな戸惑い。人柄の良さと奥行きがにじみ出る。カンヌ国際映画祭で男優賞を受賞したのもむべなるかな。

あまりに小市民的で保守的。こんな生活できっこない。確かに。しかしこんな境地がどこかにあると、願いたくもなるのだ。2時間4分。東京・TOHOシネマズシャンテ、大阪ステーションシティシネマほか。(勝)

ここに注目

心の中でくすぶっていた疑問「生きる豊かさ」「人生の意味」を一つの形にして提示してくれた。日々の暮らしの喜びとユーモアにちょっとした〝事件〟をはめ込み、疲れ切った多くの人々に大切な日常を浮かび上がらせるだろう。ただ、その時間軸にどっぷり浸った後に待ち構えるのは、情報の渦や喧騒(けんそう)に慣れ切った自身であり、社会の姿。ならばこの映画、ひと時のオアシスとでも呼ぶべきか。カセットから流れる選曲は心地よく、地下街の一杯飲み屋に風情もある。何より、トイレ自体が現代的でしゃれているし。(鈴)

技あり

ベンダース監督と仕事をしているフランツ・ラスティグが、ドキュメンタリー映画のようなテスト無しのカメラ手持ちで撮影した。運転中の平山のアップで、最初の柔らかい表情が曇り、目頭に涙が見える芝居がある。この時、撮影中のラスティグの肩が小刻みに揺れ、もらい泣き状態だったそうだが、画面の揺れは無い。プロ意識と感受性の強さを褒めよう。平山が、部屋にぬれた新聞紙をちぎって畳にまき、ほうきで掃くのをテスト無しでやるなど、カメラは苦もなくついていく。「フランツは平山の動きを予知していた」とベンダースは言う。それが、今回の完成度をもたらした。(渡)

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