毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2023.9.08
「 6月0日 アイヒマンが処刑された日」
第二次大戦中にユダヤ人の大量虐殺に関与したアドルフ・アイヒマンは、戦後に逃亡先のアルゼンチンでイスラエルの工作員に拘束された。その経緯やエルサレムでの裁判は過去に何度か映画化されてきたが、本作はこのナチス戦犯をめぐる歴史の一ページを新たな視点で描く。
1962年5月31日から6月1日の真夜中、すなわちイスラエルが死刑を行使する唯一の時間〝6月0日〟に絞首刑に処せられるアイヒマンは、遺灰を海にまかれることになった。しかし火葬が禁止されているイスラエルには遺体を焼く設備がない。アイヒマン専用の小型焼却炉の製作を依頼された町工場の人々、そこで働き始めた移民の少年、アイヒマンを警護する刑務官らの人間模様を映し出す。国家的な秘密作戦のようなプロジェクトの成り行きを、偶然それに関わった庶民の目線で描きつつ、法律と宗教、人種問題が絡み合うイスラエルの社会的背景を浮き彫りに。いささか複雑な内容だが、陰影豊かな16㍉フィルムの映像が素晴らしい。ジェイク・パルトロウ監督。1時間45分。東京・TOHOシネマズシャンテ、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(諭)
ここに注目
遺体は必ず灰にする。国家の強い意思の遂行に、市井の人々がどのように関わったかを独創的に描く。アイヒマンの取調官が、かつてナチスに殺されかけた経験を語る場面が胸に迫る。証言することで過去の苦しみを追体験することになったとしても、風化させたくないという思いを重く受け止めたい。(倉)