毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2024.12.13
この1本:「不思議の国のシドニ」 喪失と孤独が共鳴
どこに行っても訪日観光客でにぎわっていて、日本人気に感心するばかり。本作が作られたのも、そんな関心の高まりのおかげかも。居心地よさそうな日本が映っている。
フランス人作家のシドニ(イザベル・ユペール)は、自著が日本で翻訳再版され、宣伝を兼ねて来日する。編集者、溝口(伊原剛志)の案内で京都を訪ねると、旅館の部屋に死んだ夫の幽霊が待っていた。
日本の映画ファンは、外国人の目に映る不思議な日本をさんざん見せられてきた。だから、シドニがホテルの従業員のお辞儀に丁寧なお辞儀で返すのも、神社仏閣を巡り、和食のお膳をことさらに映したり日本家屋の縁側に腰掛けて庭を眺めたりするのも、「あるある」の見慣れた場面集。しかし幽霊が現れる理由が「日本だから」というのは、ちょっと新鮮だ。
本作の日本は、「ロスト・イン・トランスレーション」(2003年)のよそよそしさはなく、もっと温かく優しい。しっとりとした空気と情感が漂っている。シドニは事故で家族を亡くす経験を何度もしていて、深い喪失感と生き残ったことへの罪悪感を抱えている。特に、夫を亡くした後の孤独感から立ち直れずにいる。異邦人として見知らぬ土地をさまよい、フランス留学帰りのぶっきらぼうだが繊細な溝口に触れ、幽霊の夫との対話を重ねる。
見知らぬ土地で一人きりのシドニが味わうのは疎外感よりも解放感で、それが自分をリセットするきっかけとなる。一方溝口も、仕事にかまけて夫婦の間に埋めようのない亀裂が生じて、苦しんでいる。二人の喪失と孤独が共鳴して居場所を見つけ出すシドニの心の旅を、緩やかにたどっていく。
日本の新たな一面を見せてくれるというわけではなく、終盤のメロドラマはいささか陳腐。それでも、基調にある好奇心と驚き、好意的な日本観が、温かい余韻を残してくれる。エリーズ・ジラール監督。1時間36分。東京・シネスイッチ銀座、大阪・テアトル梅田ほか。(勝)
ここに注目
伊原が演じる編集者の役柄を溝口健二ならぬ溝口健三と命名し、寺や桜が美しい古都から現代アートの聖地である直島へ。異邦人の目で切り取った風景は典型的ではあるが、監督から日本へのてらいのない愛情が最後まで貫かれている。何食わぬ顔でごく自然に出現する幽霊の存在感も、日本の風景と相性がいい。永遠に続く時間ではないだろうが、痛みを抱えた大人の男女が静かに互いを癒やし、回復していく恋愛も心地よい。チャーミングなユペールとともに、まさに〝不思議の国〟を旅する気分が味わえる。(細)
ここに注目
外国人が見た日本の象徴的なイメージとして頻繁に切り取られるのは、通勤ラッシュや渋谷の交差点の風景だ。本作はそうした喧噪(けんそう)とは正反対の神秘的なニッポンをカメラに収めた。その結果、ふわふわした瞑想(めいそう)的な作品になったが、まったく退屈しなかった。喪失や悼みといった重めの主題を扱いながらも、これをファンタジーと自覚し、ユーモラスな幽霊譚(たん)に仕上げた作り手のさじ加減が程よかったからだろう。つつましいミニマリズムに貫かれ、空港で始まり空港で終わる構成もこの異国旅行記にふさわしい。(諭)