「理想郷」 © Arcadia Motion Pictures, S.L., Caballo Films, S.L., Cronos Entertainment, A.I.E,Le pacte S.A.S.

「理想郷」 © Arcadia Motion Pictures, S.L., Caballo Films, S.L., Cronos Entertainment, A.I.E,Le pacte S.A.S.

2023.10.27

この1本:「理想郷」 分断と格差、色濃く

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

理想の暮らしを求めて引っ越したら、隣人がサイコパスだった。そんな設定のホラーやコメディーにはいくつも秀作があるが、大抵その隣人は〝理解できない異常者〟だ。理屈も常識も通じず、何を考えているか分からない怪物では、逃げるか戦うかどっちかしかない。しかし本作、一筋縄ではいかない。グローバル化による分断と格差が、背後にずっしりと控えている。

フランスからスペインの農村に、妻のオルガ(マリナ・フォイス)と共に移住したアントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)は、夢だった農業を営んでいる。ところが隣に住むシャン(ルイス・サエラ)とロレンソ(ディエゴ・アニード)の兄弟はことあるごとにアントワーヌに難癖を付け、嫌がらせを繰り返す。初めは酒場でからかう程度だったが次第にエスカレート。警察に訴えても相手にされず、夫婦は身の危険を感じるようになる。アントワーヌは嫌がらせの証拠を押さえようと、ビデオカメラを構えて兄弟に対抗し、対立は深刻化する。

このあたりまでは定石通りだが、中盤でギアを変える。地域は過疎化と高齢化が進み、電力会社が風力発電用地として土地の買収を持ちかけていた。住民たちは概して賛成だが、アントワーヌは景観が破壊されると強く反対している。このままでは買収話が立ち消えになると、兄弟はいら立ちを募らせている。

映画はいくつもの対立軸を設定する。地方と都市、地元民と移住者、無学な農民とインテリの元教師。目先の利益か豊かな未来か。夫婦の娘マリーは1人で幼い子どもを育て、オルガの忠告を聞こうとしない。世代間の対立もある。

見せ場は暴力による衝突ではなく、価値観がぶつかり合う場面だ。アントワーヌは兄弟と、サシで向かい合って議論する。固定カメラ、長回しのワンショットの激しいやり取り。兄弟の背景が明らかになるにつれ、善悪の境界は揺らいでいく。互いの言い分のどちらに理があるか。思わぬ深みが待ち構えている。2022年の東京国際映画祭で、東京グランプリなど3冠を受賞。ロドリゴ・ソロゴイェン監督。2時間18分。東京・Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(勝)

ここに注目

前作「おもかげ」でもゆったりとした展開で徐々に不穏なムードを生み出したソロゴイェン監督。自然あふれる村が閉塞(へいそく)感ある場所として撮影され、冒頭の野生馬を捕らえる場面からあらがいがたい磁力で物語へ引き込む。田舎と都会の対立、貧困や格差を巡るスリラーかと思いきや、どちらか一方を裁く作品ではない。オルガの物語を描く第2章を見終わったときの後味は、複雑で重層的。オルガが娘と激しく言い争うシーンこそあれ、セリフに頼りすぎることなく、人間という生き物と愛について深く探求している。(細)

技あり

ソロゴイェン監督とコンビのアレハンドロ・デ・パブロ撮影監督。1980年生まれ、若くして自分の方法論を確立しているようだ。最大の特徴は、構図の暗い部分で、光を当てない暗黒を作るのをいとわないことだ。ベラスケスやゴヤらスペイン絵画の巨匠たちの感覚を思い出させる。村の酒場でアントワーヌがシャンとロレンソの兄弟と言い合いになる場面。〝よそ者のくせにうるさい男〟と、〝閉鎖的な村の掟(おきて)で締め付けられている貧乏人〟が、上手からの1発の光だけ、輪郭もはっきりしない暗さの中で10分近い大芝居を見せる。許した監督も偉いが、パブロもいい度胸だ。(渡)

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