毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
私と映画館
2025.2.28
私と映画館:撮影所が沸く一日
神奈川・大船に松竹の撮影所があったころの話。鎌倉観光のついでか見物客の多い撮影所だったが、毎年来る老若男女の一団があった。松竹の映画を上映する全国の映画館経営者たちで、東京の松竹本社での会合の流れで訪れる。当時の映画興行は、まず映画会社が直接興行する直営館がある。次に1年を通じて配給される松竹映画を上映する系統館。一団は、この系統館の館主「小屋主さん」たちだ。
創業以来、ずっと松竹の映画だけで興行している小屋主さんも多かったから、それなりに松竹を支えているという自負もあり、撮影所に来ても遠慮はない。ひいきの俳優と交流し、自分たちが経営する小屋の日常と同じ振る舞いに振り回される。撮影所の人たちは、巨匠から新人監督まで、地方ロケで現地の小屋主さんに世話になっている。小屋主さんの自宅の茶の間に陣取って、手配の電話や雑用を済ますロケーションマネジャーもいた。映画館の経営者は、その土地のことは表から裏まで知っている。エキストラや車の手配、宿泊や撮影交渉、弁当の段取りまで世話になることは多い。
笠智衆さんは「昔はお盆の撮影所は全休して行く所に困ったが、地方の小屋主さんが舞台あいさつや芝居上演に呼んでくれて、ご祝儀をもらい助かった」と言っていた。ロケだけでなく万端、お世話になったお返しに、撮影所が沸く一日だった。(映画技術史研究家・渡辺浩)