毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2025.1.24
この1本:「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」 人情と怒濤のバトル
かつて隆盛を誇った香港の映画産業は、中国資本による買収、本土への人材流出などによって衰退し、製作本数が激減した。ところが、そんな寂しい現状を吹き飛ばすかのように、とてつもない娯楽大作が出現した。香港映画の歴代最高動員記録を塗りかえたスペクタクル活劇である。
1980年代。天涯孤独の密入国者ロッグワン(レイモンド・ラム)が、黒社会のボス(サモ・ハン)ともめ事を起こし、九龍城砦(じょうさい)へ逃げ込む。男気あるリーダーのロン(ルイス・クー)に受け入れられたロッグワンは、気のいい住人たちとの絆を深めていくが、城砦の所有権を狙うボスの一味との抗争が勃発する。
舞台となる九龍城砦は、香港の九龍城地区に実在した巨大なスラム街だ。行政庁の管理が及ばなかったこの城砦は、野放図に増築が繰り返され、〝東洋の魔窟〟とも呼ばれるカオスな建造物となった。
巨費を投じて城砦の内外を再現したセットの出来ばえがすさまじい。コンクリート、鉄骨、配線がむき出しで、階段や通路が迷路のように入り組んだ複雑怪奇な構造。さまざまな商店が密集し、海賊版ビデオや麻薬の取引が行われている。その半面、住人同士が助け合うこのコミュニティーには、古きよき人情と義俠(ぎきょう)が息づいている。まさに九龍城砦そのものが、本作の主人公と言ってもいい。
そして城砦を守る有志たちと、黒社会のならず者集団の攻防を、香港映画の十八番たる怒濤(どとう)のバトル描写で映像化。空間の狭さを逆手にとった近接戦の激しさ、多層的なタテの構造を利用した転落アクションの迫力に息をのまずにいられない。そこに古参の指導者たちと未来を担う若者たち、二つの世代の因果や友情のドラマを織り交ぜ、画面にほとばしる血潮がぐんぐん沸騰。こちらの胸まで熱くなる。
また本作は、90年代に取り壊された九龍城砦をスクリーンによみがえらせ、過ぎ去りし時代に思いをはせた作品でもある。「黄昏(たそがれ)の戦士たち」という題名の意味が伝わってくるエンドロールの情景もまた忘れがたい。ソイ・チェン監督。2時間5分。東京・新宿バルト9、大阪・T・ジョイ梅田ほかで公開中。(諭)
ここに注目
映画にもしばしば登場し、香港の象徴だった九龍城砦は中国返還に先立ち撤去され、華やかだった香港アクション映画もみるみるうちにしぼんでいった。ドキュメンタリー「カンフースタントマン 龍虎武師」では、再興を期す映画人の奮闘を描いていた。本作はその成果か、荒唐無稽(むけい)だがかっこいい、香港アクションが満載。ロンが吸いかけのたばこを空中に跳ね飛ばし、暴れるロッグワンを瞬時に仕留め、悠然と落ちてきたたばこをキャッチする、なんてケレン、しびれる! この勢いでぜひもう一作。(勝)
ここに注目
アクション監督、谷垣健治がありとあらゆる大胆なアイデアを詰め込み、テクニックだけではなく熱量を感じさせるシーンが次々と繰り出される。谷垣も語っているように、人情味あふれるノスタルジックな世界観はまさに「ALWAYS 三丁目の夕日」。そのなかで常軌を逸したアクションが繰り広げられ、大興奮した。大掛かりなセットはもちろん、メガネの形のチョコレートや焼き豚丼など九龍城砦の暮らしの細部まで手抜きなし。濃いキャラクターを演じ切った新旧の俳優陣の怪演にも拍手を送りたい。(細)