毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2024.12.27
この1本:「私にふさわしいホテル」 陽性のオーラ、さく裂
文壇の内幕もの、日本映画にもけっこうある。「文学賞殺人事件 大いなる助走」(1989年)とか「響 HIBIKI」(2018年)、あるいは「騙し絵の牙」(21年)。ジャンルはさまざまだが、文学賞をめぐる駆け引きとか作家や出版社間の力関係とか、インテリの芸術家たちがエゴと欲をむき出しに泥仕合を繰り広げる姿は下世話で人間臭く、何よりバカバカしい。本作は柚木麻子の小説を、川尻恵太脚本、堤幸彦監督で映画化したコメディーだ。
舞台は昭和、作家の中島加代子(のん)は、新人賞受賞作を文壇の大御所、東十条宗典(滝藤賢一)に酷評されて以来、鳴かず飛ばず。人気作家を気取って文壇御用達の山の上ホテルに泊まると、東十条の原稿を取りに来た大学の先輩の編集者、遠藤道雄(田中圭)と遭遇する。東十条の原稿が落ちれば代わりに自分の原稿が採用されると知って、あの手この手で東十条の執筆を妨害しようと試みる。
ここから中島と東十条の確執が始まり、面白半分に中島に加担する遠藤を交えて、パワーゲームが展開する。人気はあっても創作意欲の枯渇した大作家が文壇と出版界を支配しているといった分かりやすい絵解きや、中島が何度も名前を変えて再デビューし文学賞を狙う破天荒な展開は、テンポはあるがたわいない。
しかし、のんが演じた中島の造形に勢いがあって、映画は弾む。東十条と古い文壇の体質に憤慨し、何が何でも売れてやる、売れれば勝ちと遠藤の策略に乗り、自ら策を練って存在をアピール。お調子者でしたたかで大ウソつき、わがままでけっこうイヤなヤツ。それでも、のんが持つ陽性のオーラのおかげで嫌みにならず、憎めない。なりふり構わずのし上がっていく姿は、ある種のピカレスクロマンであり、男社会で孤軍奮闘するウーマンエンパワーメント映画でもある。
テレビ、映画の「TRICK」「SPEC」を思わせる堤監督の大げさでシュールな演出を、のんも正面から受け止めて大暴れ。年末年始、スカッと楽しむにはお勧めの1本。1時間38分。東京・TOHOシネマズ日本橋、大阪ステーションシティシネマほか。(勝)
ここに注目
高尚なイメージの文壇に巣くうドロドロ感を軽いタッチで見せる風刺コメディー。駄々っ子のようなガサツないたずらの中にもかすかな品性を見せる新人作家役ののんと、権威主義の象徴ながら純粋さも際立つ大御所作家役の滝藤。2人が巻き起こす笑いが安っぽいドタバタ劇に陥るのを回避した。のんが有名作家の名前を連呼するシャンパンコールは爆笑必至。今では新鮮に見える万年筆の文字や原稿用紙が心地よく、レトロ感のある音楽も相まって懐かしい奇妙な趣も本作の魅力になった。(鈴)
ここに注目
文学賞が欲しいという中島の意志には、終始まったくブレがない。ここまでガッツがあるのだから、手段を選ばずとも問題ないのでは?と、のんの全身から発せられるエネルギーを浴びて妙に納得させられた。原作で深掘りされていた東十条との友情はもっと見たかった気がするが、権威に臆さない中島の魅力は映画でも健在。現代が舞台だった原作から時代背景が1980年代になり、少しレトロなファッションが文学の薫り漂う山の上ホテルの空気感にもマッチ。目にも楽しい文壇コメディーになっている。(細)