毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2024.11.15
この1本:「ぼくとパパ、約束の週末」 現代ドイツに見る〝昭和〟
誰もが「自分らしく」生きられる社会は理想だが、誰かと別の誰かの「自分らしさ」が衝突すると、どちらかが我慢しなければならなくなる。〝健常者〟が中心の社会では、我慢するのは〝健常ではない〟とされる人たちだった。今、それでいいのかと問われている。この映画の中心にいるのは自閉症の少年だ。彼が「自分らしさ」を通したら、どうなるか。実話を基にした家族愛とサッカー熱で彩られたウェルメードなドイツ映画が、共生やインクルーシブのありようを問いかける。
10歳の自閉症の少年、ジェイソン(セシリオ・アンドレセン)は自分の決めたルールに執着し、妥協を許さない。知能は高いが他人の感情を理解できず思ったことを口にして、学校では問題を起こしてばかり。ある時、級友にからかわれたことをきっかけに、ひいきのサッカーチームを見つけると宣言。父親のミルコ(フロリアン・ダービト・フィッツ)とドイツの全56チームの試合を観戦するため、スタジアム巡りの旅に出る。
大声や身体接触を嫌がり、思い通りにいかないとパニックに陥るジェイソンだから、列車の移動も混雑するサッカー場も危険だらけ、トラブル続き。その道中をユーモアをまぶしてテンポ良く点描し、親子と観客を各地の個性的なスタジアムへと運んでゆく。いざ競技場に入れば、地元チームを応援するファンの熱狂と興奮に包まれる。ジェイソンの困惑や不安もその盛り上がりにのみ込まれかき消され、次第に場になじんでいく。
もちろん万事順調とはいかず、後半、ミルコに大試練が待ち受ける。働くのは家族のためと言いながら、実は面倒くさいジェイソンから逃げていた。真実と直面したミルコは究極の選択をするのだが、オヤッと思ったのはミルコの上司の女性だ。粋な計らいでハッピーエンドに行き着くのは娯楽映画らしいが、彼女は会社を家族に例えるのである。現代のドイツに、昭和の日本のような価値観がよみがえるとは。共生社会のカギは、意外と東洋の温故知新にあるのかも。マルク・ローテムント監督。1時間49分。東京・新宿ピカデリー、大阪ステーションシティシネマほか。(勝)
ここに注目
ジェイソンが決めたチーム選びのルールがユニーク。地味なシューズや広告控えめといった時代に逆行しているものもあれば、環境・持続可能性重視やナチス批判など社会性の強いものも。日常生活でも食品ロスや二酸化炭素削減などへのこだわりが明確で、商業主義や一時の欲求に支配されがちな現代人へのシンプルな警鐘、批判とも受け取れる。何事にも正面から向き合うジェイソンが純粋さゆえに激しい葛藤に見舞われるさまは、パパだけでなく観客にも大きな〝気づき〟を与えてくれるのだ。(鈴)
ここに注目
パスタにソースが触れただけでパニックを起こすジェイソンの行動は、まさに予測不能。そんな息子を理解し、寄り添おうとする父との関係を、ユーモラスかつ楽天的に描いた。子役のハツラツとした演技を見ているだけでも驚きや発見を得られるが、現地ロケを行ったスタジアム巡りのエピソードにも胸が弾む。バイエルン・ミュンヘンやドルトムントのようなビッグクラブのみならず、下部リーグの小さなスタジアムも網羅するマニアックさ。サッカー好きのローテムント監督の視点がそこにも生きている。(諭)