「アダマン号に乗って」 ©TS Production  Longride

「アダマン号に乗って」 ©TS Production Longride

2023.4.28

この1本:「アダマン号に乗って」 あふれる人間性称賛

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞したニコラ・フィリベール監督による日仏合作のドキュメンタリー。フィリベール監督は「ぼくの好きな先生」で学校の教師と子どもたち、「人生、ただいま修行中」では看護師のタマゴといった市井の人々を、温かいまなざしで捉えてきた。本作はパリ・セーヌ川に係留された船を利用した、精神疾患を抱えた人たちのデイサービス施設にカメラを持ち込んだ。好意的な好奇心と人間性への称賛が、ここでもあふれている。

映画はいきなり、ギターに合わせて「自分を手放すな」とシャウトする男の歌声と姿で幕を開ける。情熱的で味があって、1曲終わって思わず拍手。本人も周囲も満足そうで、フィリベール監督は「彼を見て」と得意げに施設を紹介しているようだ。

ナレーションもなく、説明は必要最小限にとどめ、施設の利用者と職員の日常を切り取っていく。1日の活動予定を確認する朝の会議、利用者へのインタビューと言うより雑談のようなやりとり。絵画や音楽などのワークショップでは、独創的で表現力豊かな作品を披露する。自分たちで切り盛りするカフェがあり、映画クラブの活動10周年を記念した映画祭を計画している。

映画ファンの利用者は「ここにいるのは自分では気付いていないが俳優たちだ」と言い、別の一人は「兄と自分はゴッホ兄弟の生まれ変わり」と信じている。それぞれが抱える苦しみもにじませる。「誰かに不安をぶちまけたい」「薬を手放せない」「病気を理由に息子を里子に出された」……。つらい言葉が淡々と語られる。

アダマン号では、そしてフィリベール監督のカメラの前ではすべてが対等だ。明るい外光が差し込む屋内は自由で開放的な空気が漂っている。「患者」と「職員」の立場の違いも「異常」と「正常」の区別もない。時には川べりを散歩する人たちや川面を漂う水鳥にも、同じ視線が向けられる。

映画の最後に、画一的な「治療」への疑問を示す。映画はフィリベール監督の、現実への抵抗でもあるのだ。1時間49分。東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(勝)

ここに注目

自由に絵を描き、歌って踊って温かいものを飲み、たばこを吸う。セーヌ川からの心地よい風や陽光を感じながら過ごす、これほど理想的な場所が実在していることに驚かされる。スタッフや患者との垣根が感じられないやりとりも、アダマン号の日常なのだろう。カメラの前でもみんなリラックスしてよくしゃべるのは、フィリベール監督の被写体へのほどよい距離感ゆえだろうか。フラットだが愛情が感じられ、寄り添ってはいるけれど近づきすぎない。見終わる頃には、登場人物一人一人の人生の物語が浮かび上がってくるのも監督の作品らしい。(細)

技あり

半分はフィリベール監督が1人で、カメラが2台必要な時でも録音、撮影助手、インターンのわずか4人で撮影した。利用者を撮るのに物々しい撮影隊は避けた方がいい。デッキの椅子でたばこを吸う女性を撮りながら「名前は」「ニコラ」「いい名前ね」と交わす会話で、撮影を受け入れていると分かる。ただ、1人撮影の泣きどころも。例えば午後のカウンターの場面、緑のカップでコーヒーを飲む人の横におじさんが来て「俺も緑のカップで」と言う。緑のカップは人気なんだと解説する人も現れる。こんな時に複数のカメラ位置から狙えない。(渡)

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