笑顔でサーブへの愛を語る天川恭男さん 川崎市A2ファクトリーにて

笑顔でサーブへの愛を語る天川恭男さん 川崎市A2ファクトリーにて

2022.3.23

アカデミー賞有力「ドライブ・マイ・カー」の主演サーブを整備した職人技

94回目を迎える米国アカデミー賞のゆくえや結果を特集します。濱口竜介監督「ドライブ・マイ・カー」が作品賞など4部門にノミネートされ、がぜん注目をあびる今年の賞レースを、ひとシネマ流にお伝えします。

及川静

及川静

映画の顔、赤いサーブを整備

第74回カンヌ国際映画祭で脚本賞を含む4冠、第56回全米批評家協会賞では作品賞と監督賞、脚本賞、主演男優賞を受賞。第79回ゴールデン・グローブ賞と第42回ロンドン映画批評家協会賞では、非英語映画賞を受賞と、世界各国で高い評価を受けている濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」。3月27日(現地時間)には第94回アカデミー賞の発表が控え、その結果に注目が集まっている。



この映画の顔はもちろん主演の西島秀俊だが、もう一つ欠かせぬ存在がある。それが画面の中で圧倒的な存在感を見せている、真っ赤なサーブ900だ。この車を整備したのは、川崎市にあるSAAB・輸入車専門プロショップ「A2ファクトリー」の天川恭男さん。サーブ車のスペシャリストとして、白羽の矢が立った天川さんに、劇中車について話を伺った。
 

映画初仕事がアカデミー賞にノミネート

――「ドライブ・マイ・カー」以前から、劇中車などのお仕事をされたことはあったのですか?
 
以前から、たまにサーブを撮影で使いたいという問い合わせをもらうことがありました。最近だと「おぎやはぎの愛車遍歴」(BS日テレ)ですとか。しかし、映画は「ドライブ・マイ・カー」が初めてでした。
 
――最初はどのような依頼が来たのですか?
 
まずは、村上春樹さんの原作小説に出てくる黄色いカブリオレを用意し、最終的に映画で使用された赤いサーブ900と並べて、検討してもらいました。黄色いカブリオレはお客さまからお借りしたもので、赤いサーブ900は劇用車コーディネートをされている方の自家用車でした。原作小説にカセットテープを聞く描写があって、大切なポイントだったようですが、黄色いカブリオレは比較的新しかったのでカセットテープではなく、CD。一方、サーブ900の方はもともとカセットテープでした。そして、濱口監督も含めて、20人ぐらいで1時間以上悩んだ結果、赤いサーブ900に決定しました。

©2021「ドライブ・マイ・カー」製作委員会
 
――天川さんはそこから何をなさったんですか?
 
ロケ地の広島で撮影をするための整備をしました。サーブはスウェーデンの車なので冬には強いですが、夏の撮影には……。ですので、オーバーヒートしないように整備をしました。クランクインに合わせましたが、それでも1カ月以上かかりました。
 

広島の撮影でオーバーヒート

――映画撮影中はノータッチだったんですか?
 
一度だけ、広島での撮影中にオーバーヒートしてしまったので、川崎まで持ってきてもらって修理しました。(Blu-ray&DVDに付いている)メイキング映像を見たら、ドライブシーンは台車に乗せた形で撮影していたんですね。車は走ることで、風が通って冷やされるのですが、エンジンをかけた状態で台車に乗せると車体が邪魔で風が通らない。そのため、オーバーヒートしてしまったんだなと思いました。
 
でも、その一度だけでした。あのサーブ900は、北海道にも自走で行ったそうですよ。新潟辺りで積載車が壊れたので、撮影をしながら北海道まで行ったそうですが、冬には強いですからね。氷点下でも大丈夫! ただ、劇中で一度も壊れたことはないと言っていましたが、それはうそだと思います(笑い)。きちんとメンテナンスをしていれば、ちゃんと走りますが、故障は比較的多い車だと思いますね。

 

サーブの音にも注目

――整備された車が出てくる映画をご覧になっていかがでしたか?
 
笑っちゃいましたね。サーブの宣伝映画かと思うぐらい、サーブがいっぱい出てきたので(笑い)。映画ではサーブの``音``にかなりこだわっていて、広島の高速を走るシーンの録音は、3往復ぐらいしたと聞きました。実はうちのお客さまにも音響をされている方がいて、その方もサーブに乗っているのですが、映画を見て、「すごかった。音をすごく忠実に出している」と言っていました。映画のエンドロールに「A2FACTORY」と出たので、Twitterに海外からもコメントが来るのですが、そこでも「音が良かった」と言われます。
 
実は、僕がドアにグリースを塗るのを忘れてしまったので、ドアを開ける時に「ギィ」という音がするんですけど、それが逆に良かったみたいで。窓を開ける時もスプリングが絞られて、「キリキリキリ」という音が出て、映画を見たサーブのオーナーさんから「サーブの音ですね」というメールをたくさんいただきました(笑い)。
 
――ちなみに天川さんのお好きなシーンは?
 
序盤の空港の駐車場でハッチを開けて、閉めるシーンが好きです。ガシャンという、サーブ独特の音がしたのでね。
 
――やはり音なんですね(笑い)。映画のために、変更した機能はありましたか?
 
映画ではキーがリモコンになっていますが、本来は付いていない機能です。あれはオーナーさんが付けてほしいと言ったので付けたのですが、映画を見た方から問い合わせがすごく来ました。それから、ナンバーのライトがLEDになってましたが、これはオーナーさんが変えられたものです。本当は電球なので、もうちょっと暗いんですよね。ですから、映画のために変えたところはなく、整備しただけです。
 
――天川さんは、サーブ900はお好きですか?
 
好きです。これが一番サーブらしい車だから。デザインも航空機メーカーらしく、空力にこだわって作られているんです。フロントガラスを見てもらうとわかると思うんですけど、両サイドに30cmのアール(丸み)がある。フロントガラスにこんなにアールがある車はほかにありません。性能面でもスウェーデンらしい車だなと思います。
 

安全性の高いサーブ

――天川さんとサーブの出会いは?
 
かなり古くて、最初はサーブのチューニング(車の機能を向上させるために、車体の改造や部品を交換すること)をしていました。ドイツにある会社の総代理店をしているところで働いていたんです。そこでサーブに出会ったのですが、最初はなんてカッコ悪い車なんだろうと思いました。しかし、乗っているうちに魅力を感じるようになったんです。先ほど、スウェーデンらしい車だと言いましたが、速過ぎなくて、とても安全性が高いんです。例えば、正面衝突をした時にハンドルが釣りざおのように折り畳まれる仕組みになっていたり、タイヤが1本バーストしても、3輪で真っすぐ止まれるシステムが搭載されていたりするんです。アメリカでは奥さんを愛しているなら、サーブに乗せなというらしいです。僕は女性が乗っているサーブが好きで、うちの女房もサーブに乗ってます(笑い)。
 

長年やっていて良かった

――その後、独立して、「A2ファクトリー」を始められたんですね。
 
そうです。でも、あと何年続けられるか。老体にムチ打ってやってます(笑い)。映画が公開されてから問い合わせが増えましたが、現在は順番待ち状態です。決して天狗(てんぐ)になっているわけではなく、還暦を過ぎた人間が2人で作業をしているのでね。僕は昔ながらの職人なので、流れ作業はしたくない。納得できる仕事をしたいんです。例えば、古い車ですとエンジンを全て下ろして、全部レストアしてから組み立てて、2年ぐらいかかって納車ということもあります。古い車で部品もないので、古い部品を直して付けたりもしますのでね。「ドライブ・マイ・カー」のサーブは整備だけだったので、1カ月ちょっとでしたが、もし最初から作ってくれと言われていたら、お断りしていたと思います。
 
――改めて、「ドライブ・マイ・カー」に関わられて、感じたことは?
 
昔からサーブ専門でやっているので、映画以前から知ってくれていた方が多いことが「ドライブ・マイ・カー」をきっかけにわかって、うれしかったです。かつてのサーブのオーナーさんからも連絡が来たりして、長年やっていて良かったなと思いました。それから、サーブは知っている人は知っているけれど、知らない人は本当に知らない車なので、この映画がサーブの知名度を上げてくれたなと思います。

ドライブ・マイ・カー

妻を亡くした演出家の家福(西島秀俊)は、広島の演劇祭で「ワーニャ伯父さん」を多言語劇として演出することになった。送迎運転手となったみさき(三浦透子)、家福の妻の浮気相手らしい俳優の高槻(岡田将生)との対話の中で、家福は妻との関係を見つめ直す。村上春樹の小説を脚色し映画化。

ライター
及川静

及川静

おいかわ・しずか 北海道生まれ、神奈川県育ち。
エンターテインメント系ライター
編集プロダクションを経て、1998年よりフリーの編集ライターに。雑誌「ザテレビジョン」(KADOKAWA)、「日経エンタテインメント!海外ドラマ スペシャル」(日経BP)などで執筆。WEBザテレビジョン「連載:坂東龍汰の推しごとパパラッチ」、Walkerplus「♡さゆりの超節約ごはん」を担当中。

カメラマン
藤田明弓

藤田明弓

ふじた・あゆみ 1987年生まれ、フリーカメラマン。オリンパスペン・ハーフを使い、ライブやサブカルチャーを撮影。人物撮影を主に雑誌やテレビのスチールカメラマンとして活動中。

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