©2023 映画『わたしの幸せな結婚』製作委員会

©2023 映画『わたしの幸せな結婚』製作委員会

2023.3.20

「わたしの幸せな結婚」 久堂清霞と目黒蓮のこと

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

関口裕子

関口裕子

「わたしの幸せな結婚」作品解説

 舞台は文明開化時代の明治を彷彿(ほうふつ)させる架空の世界。人知を超える「異能」を持つ名家同士の政略結婚から始まるラブストーリー。20代から40代と幅広い年齢層の女性に人気を博し、小説、コミック合わせてシリーズ累計発行部数550万部を突破したヒット作の映画化。

 火を操る異能の久堂家の若き当主で陸軍対異特殊部隊部隊長の久堂清霞(目黒蓮)と、異能を持つ斎森家に生まれながら能力を授からず、母親亡きあと家族に虐げられて育った斎森美世(今田美桜)。孤独な2人が、影響を与えあうことで成長し、互いの大切な存在となっていく。
 
約40年前、帝王学というものが流行した。伊藤肇著「現代の帝王学」(プレジデント社刊)などが話題となった帝王学とは、上に立つ者がそれに必要な態度、識見を学ぶもの。決まったカリキュラムがあるわけではなく、歴史、語学、教養、哲学などからリーダーとして必要なことを人間学として学ぶ。ヨーロッパならそこにノブレス・オブリージュ(高位ならば徳高きを要す)の精神も加わるだろう。
 
これは、そんな帝王学を身に付けた名家の若き当主、久堂清霞の物語。当主としては完璧である清霞が、人間的にも成長していく姿が描かれる。また恋愛が成就していく過程で、わたしたちがコロナ禍で失った抱擁の素晴らしさを思い出させてくれる作品ともなっている。
 

まえおき

 「人」を通して映画に触れる「ひとシネマ」。エッセーを書かせていただくにあたり、ひとつの役を構成するのに重要な2人の人物から、その映画に迫る。2人とは、主人公、それを演じる俳優。まずは主人公の久堂清霞のことから。
 

久堂清霞

 久堂家は、異能を持つ名家のなかでも飛び抜けて家格が高く、爵位と莫大(ばくだい)な財を有し、各地に広大な土地を持つ。当主は27歳の久堂清霞。帝国大学卒業後、士官候補生の試験を受け、現在は少佐として陸軍の「対異特殊部隊」を率いている。

 陶器のごとくシミひとつない白い肌、色素の薄い長い髪、青みがかった瞳に、ほっそりとしているが鍛えられた長身の体躯(たいく)。誰もが振り向く美貌に財産、高い家格を持ちながらも、彼のこれまでの婚約者候補たちは、皆3日持たずに去っていったという。
 
その理由のひとつとされるのが、彼の冷酷無慈悲さ。新しい婚約者候補として清霞邸に入った斎森美世も、「私が出ていけと言ったら出ていけ」と初対面時に言われ、朝食を用意すれば「毒でも盛ったか?」と疑われる。
 
ただ清霞の冷酷無慈悲さは、婚約者候補だった名家の女性たちの妄言でもある。清霞の質素な暮らしぶりや物言いのぶっきらぼうさに腹を立て、出ていく彼女たちには「冷酷無慈悲」という免罪符が必要だったからだ。
 
彼女らが冷酷無慈悲だと感じる理由には、帝王学に学んだ身の処し方も関係するだろう。清霞は、人心を掌握し、問題を論理的に解決することにはたけている。だがそれは学習して得た理論によるもの。人に寄り添った経験がないため、感情面の問題を解決する方法には疎い。
 
美世に好意を抱くが、優しい言葉をかけるなど思いもよらない。彼女が二言目には謝罪を口にすることから実家での冷遇を感じ取っても、その傷の癒やし方は分からないのだ。
 
美世という自分以外の人間との生活で、これまでにない感情や状況を経験する。それに対応しながら、対異特殊部隊として社会をむしばむ妖(あやかし)とも対峙(たいじ)する清霞。どちらも目に見えないもの。そしてマニュアルで対処できるようなものではないという点が似ている。そこが単なる成長ものではない面白さを醸してくれるポイントだ。
 

目黒蓮

 俳優という仕事は、その作品の製作サイドから望まれなければ成立しない。映像作品の場合は、特にその傾向が強い。目黒蓮という俳優は、まだ確固たる色を持っていないうちから、起用された作品の撮影現場で、スタッフ、キャストに印象を残し続けた。
 
目黒蓮は、ジャニーズ事務所所属の9人組男性アイドルグループ、Snow Manに所属する。ジャニーズJr.だった研修時代はキャラが決まらず、苦労したという。ただし、与えられた仕事では、常に求められる以上に結果を残した。取り組む姿勢は、デビューしたSnow Manの仕事でも、俳優の仕事でも変わらない。
 
「教場II」(2021年・フジテレビ系)で演じた杣利希斗役の印象は、ひと言で言うと「頑(かたく)な」。芝居としても決してうまいとは言えなかったが、彼の「学べるものはすべて吸収しようとするひたむきさ」はプロデューサーらの印象に強く残った。
 
目黒の名前を全国区にした「silent」(22年・フジテレビ系)のプロデューサーはヒットメーカーの村瀬健だが、編成は「教場II」のプロデューサーだった渡辺恒也が担当している。
 
風間太樹、高野舞、品田俊介が演出した「silent」は、視聴者に目黒の演技力を高く評価させた作品でもある。彼は多くの人が予測する定型の芝居をほぼしなかった。笑ってもいいところで真顔、真顔でもいいところで怒りを表現し、日常を描く物語に起伏を持たせた。それは我々にこう思い出させた。人生とは突拍子もないことの連続なのだと。
 
「わたしの幸せな結婚」の撮影は、「silent」より半年早い2022年初頭から始まった。目黒はこの現場で、塚原あゆ子監督から芝居を教わったと言っている。「それがお芝居でどんな方向を目指すのか、土台になっています」と。一つの作品に主演したことで、彼は飛躍してみせた。
 
もちろん「わたしの幸せな結婚」の前には、日本アカデミー賞やキネマ旬報賞の新人賞を受賞した廣木隆一監督の「月の満ち欠け」(22年)がある。さらにさかのぼれば「消えた初恋」(21年・テレビ朝日)の草野翔吾監督、宝来忠昭監督との出会いも。
 
俳優の意思を尊重する演出の廣木監督、俳優としてのさまざまなあり方を伝授したと思われる塚原監督らとの仕事を、一つひとつ自分のものにしている事実に、俳優という仕事に向き合う覚悟を感じる。
 
久堂清霞は、異能を操ること、久堂家の当主と抱えるものの多い人物。そしてそれを明治の実時代的に描けば、きっと取り付く島もないキャラクターとなるだろう。そこをファンタジーとして見せ方や、表情の隙(すき)によって、目黒は共感性のあるものへと変換する。
 
この時代設定はラブシーンもストレートには描かせない。目黒はそれを逆手にとって、抱擁もキスもないが、ただ愛おしいラブシーンを構築した。それは清霞に頼まれて美世が彼の髪を組みひもで結ぶシーン。清霞は美世が贈った組みひもを肩にかけ、彼女に背を向ける。なぜこんなにも微笑んでしまうのか自分でも分からない清霞の、気持ちの高まりが背中越しに伝わってくる。
 
余談だが、この映画の魅力は、女性の描き方と、料理や生活にまつわる小道具の描き方にある。多くのラブストーリーがそれらを単なる物語の背景として見せてきた。しかし本作ではきちんと彼女たちと清霞や美世の信頼関係が描かれる。地に足が付いた彼女たちが2人の感情に訴えるからこそ、我々は物語の生命力に温かさを感じ、きらめく組みひものラブシーンをリアルに受け止めることができるのだ。
 
台所に立つ湯気まで命あるものと演出した塚原監督の手腕には魅せられた。もちろん重力を強調したアクション演出や、ローアングルのアップ、頭のすぐ上にカメラを構えたハイアングルなど見たことのないショットの使用によって表現した人知を超える清霞の異能も見事だった。
 
帝王学とはマニュアルだ。それを身に付けた清霞は、マニュアルを駆使できるようになったまで。学んだベースのうえに何を積み重ねていくかが映画の見どころであり、俳優・目黒を注目していく楽しみといえるかもしれない。
 
清霞と美世が自分たちの手で「幸せ」をつかみ取っていく物語は、古典的な設定にもかかわらず、とても現代的。きっとこれだけで映画は終わらないだろう。
 

関連記事

ライター
関口裕子

関口裕子

せきぐちゆうこ 東京学芸大学卒業。1987年株式会社寺島デザイン研究所入社。90年株式会社キネマ旬報社に入社。2000年に取締役編集長に就任。2007年米エンタテインメント業界紙VARIETYの日本版「バラエティ・ジャパン」編集長に。09年10月株式会社アヴァンティ・プラス設立。19年フリーに。

新着記事