2009年10月、「ウィニー事件」で逆転無罪判決を受け、無罪と書かれた紙を掲げる金子勇さん=竹内紀臣撮影.jpg

2009年10月、「ウィニー事件」で逆転無罪判決を受け、無罪と書かれた紙を掲げる金子勇さん=竹内紀臣撮影.jpg

2023.3.14

開発者逮捕は警察の〝意趣返し〟だったのか 「ウィニー事件」を取材した毎日新聞記者が見た映画「Winny」

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ひとしねま

酒造唯

2002年に開発されたパソコンのファイル共有ソフトを巡る事件を描いた映画「Winny(ウィニー)」が公開されている。問題を起こしたソフトを開発すること自体が罪に問えるのか、物議を醸した事件だった。当時、京都支局でまだ駆け出しのサツ回り記者としてこの事件を取材した私が振り返ってみたい。


 

「京都府警が逮捕へ」地元紙の特ダネ

「これは大変な事件じゃないのか」。04年5月の早朝、先輩記者からの電話で私はたたき起こされた。支局に駆けつけると、地元紙の1面トップに「京都府警がウィニーの開発者を逮捕へ」という見出しが躍っていた。
 
ウィニーは、サーバーを介さずファイルを直接やり取りできるP2P(ピア・ツー・ピア)ソフトだ。ファイルは細かく分散して暗号化されるため、匿名性が極めて高い。音楽や映像などの著作物の違法コピーや、コンピューターウイルスを介した情報流出を引き起こし、著作権団体などから問題視されていた。
                                                                                                 
京都府警は03年11月、ウィニーで映画やソフトを違法にアップロードしたとして、男性2人を著作権法違反容疑で逮捕した。さらに京都府警自らが04年3月、警察官がウィニーで捜査書類を流出させる不祥事も起こしていた。
 

「Winny」©2023映画「Winny」製作委員会

2ちゃんねるの神「47氏」

しかし、ソフトの開発者まで逮捕するというのは、まさに寝耳に水だった。逮捕容疑も、ソフト開発によって男性2人の著作権法違反を手助け(ほう助)したという、国内では前例のないものだった。
 
開発者の金子勇さん(享年42)は、ネット掲示板「2ちゃんねる」でウィニーの開発を予告し、進捗(しんちょく)状況も逐次、掲示板で報告していた。最初の書き込みの番号から「47氏」と呼ばれ、ネット上で「神」ともたたえられたが、どんな人物なのかは逮捕されるまで謎だった。
 
「著作権などの従来の概念が既に崩れはじめている時代に突入している」などの書き込みもあり、「ネットの匿名世界から社会秩序に挑戦する天才プログラマー」という、まるでハッカーのような悪意あるイメージがつくられていった。京都府警はこうした書き込みなどを根拠に「金子さんが違法性を認識していた」と認定。金子さんが現役の東京大助手であることも明かされ、関心は過熱していった。
 

2004年9月、初公判後、会見する金子勇さん(中央)=懸尾公治撮影

包丁を作った人に罪はあるか

だが、主演の東出昌大が好演しているように、金子さんはそんなイメージとはかけ離れた、実に朴訥(ぼくとつ)な人物だった。金子さんの初公判を控え、三浦貴大が演じる壇俊光弁護士に、大阪市内の事務所で取材したときのことだ。「世間で言われているような人じゃない。ずっとパソコンの話ばかりしているんです」、壇さんがそう苦笑したのを思い出す。
 
その取材で印象に残っているのが、壇さんが強調した次の言葉だ。「たとえ包丁で人を殺したとして、包丁を作った人を罪に問えますか――」
 
専門家に取材をすると、逮捕を疑問視する声が次々に上がった。「ソフト開発者の意欲を萎縮させる」という懸念も出た。
 
映画では、金子さんに「違法性の認識」があったかどうかを巡る、公判での検察と弁護団の攻防が克明に描かれる。私は公判は取材していないが、吹越満演じる辣腕(らつわん)弁護士が、捜査員の供述の矛盾を突いていくさまは実にリアルだ。


「Winny」©2023映画「Winny」製作委員会.

出るクイが打たれた

中でも印象に残ったのは、「出るクイは打たれる」という弁護団の言葉だ。私は当時、どうしてもこの点が引っかかっていた。つまり金子さんは、ウィニーの違法利用を防ぐ「見せしめ」として、あるいは京都府警自身が起こした不祥事の「意趣返し」として、逮捕されたのではないかということだ。
 
映画では、全国の警察を揺るがした、裏金問題が並行して描かれる。吉岡秀隆が演じる巡査部長が記者会見して内部告発するものの、警察側は取り合おうとはしない。自らの不正には目をつぶりながら、自らの目的のために不正を作り上げる、警察の卑劣な姿が暗示される。
 
実は金子さんの逮捕から2カ月後、京都府警でも裏金問題が発覚した。捜査費を組織的に流用し、餞別(せんべつ)や飲食代などに充てていた。私はこの取材にも奔走したが、ウィニー事件で金子さんの「違法性」を強調していた京都府警の幹部らは、自らの裏金については口をつぐむことが多かった。
 
金子さんは1審の京都地裁で有罪判決を受けるものの、2審の大阪高裁で逆転無罪を勝ち取り、その後無罪が確定する。最高裁はウィニーについて「適法にも違法にも利用できる中立価値のソフト」と判断したが、裁判官1人が「ほう助罪が成立する」と反対意見を述べるなど、最後まで物議を醸した。
 
しかし「敗北から勝利へ」というカタルシスは、この映画はあえて描かない。胸に残るのは、裁判を争った長い年月の間に、1人の天才プログラマーを失ってしまったむなしさばかりだ。
 

「Winny」©2023映画「Winny」製作委員会.

失われた天才プログラマー

あれから約20年がたつ。日本経済は低迷し「失われた30年」からいまだに脱却できずにいる。一方、海外ではグーグルやフェイスブックなどの巨大IT企業が躍進し、ネット世界を事実上、支配するまでになっている。
 
さらに近年、それらの巨大企業のあり方自体が問題視され始めた。ブロックチェーンなどの新しい技術を使い、これまでの中央集権型から分散型に切り替える新しいネット世界「ウェブ3.0」の構築が始まっている。
 
利用者一人一人が「中央」を介さず、情報を直接やり取りする次世代の社会。金子さんは20年も前に、すでにそれを見据えていた「ビジョナリー」(先見の明がある人)だったと言えば、言いすぎだろうか。日本の失われた時代そのものの姿を、この映画は暗示しているのかもしれない。

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ライター
ひとしねま

酒造唯

しゅぞう・ゆい 2002年毎日新聞入社。原発立地地域や福島第1原発事故、原子力規制委員会などの原発取材が長い。「誰が科学を殺すのか 科学技術立国『崩壊』の衝撃」(毎日新聞出版)の取材班で20年科学ジャーナリスト賞受賞。