今年、カンヌ国際映画祭の男優賞を受賞した役所広司。受賞した「PERFECT DAYS」の公開に合わせ、年齢を重ねただけ魅力が増す、役所広司のフィルモグラフィーから近年の出演作をピックアップします。
2023.12.14
役所広司のたたずまいが、平穏な日常のいとおしさを教えてくれる2023年のナンバーワン映画「PERFECT DAYS」
すごく陳腐な感想になってしまうが、今年のナンバーワン映画に出合ってしまった。いや、人生ナンバーワンかも。
第76回カンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞した「PERFECT DAYS」は私の人生のロールモデルにしたい作品だ。ビム・ベンダース監督が東京を舞台に作品を描き、主演に役所広司さんを迎えている。
ある人物の何気ない日常の中で起こる思いがけない出来事を描く
東京でトイレの清掃員として働く平山。同じ時間に起き、同じように支度し、同じように働く日々。同じことのルーティンを繰り返しているだけのように見えるが、平山は毎日を新しい日として生きていた。木漏れ日、フィルムカメラ、銭湯、古本、行きつけの居酒屋。全てが美しくいとおしい平山の日々に、思いがけない出来事が起こる。
個人的に、ある人物のなんの変哲も無い日常を描いた映画がとても好きだ。たとえば、ジム・ジャームッシュ監督の「パターソン」や、今泉力哉監督の「街の上で」など。こういった映画は、見ていて穏やかな気持ちになる。私たちが作品の温度を追いかけるのではなく、作品が私たちの生活の温度に寄り添ってくれるような穏やかさがある。
この「PERFECT DAYS」も、私たちの身近な日常を彩ってくれるような温かみのある作品だった。だけど、見ていた私の感情はぐちゃぐちゃにかき乱され、信じられないくらい泣いた。平山がこの美しい日々を確立するまでに、どれまでの苦しみを重ねてきたのか、いつまでこのいと愛しい日々を守れるのか、あまりにも平山という人物に魅了されてしまったが故にそんなことまで勝手に考えて泣いてしまった。
役所広司さん演じる平山があまりにも良い。良すぎる。「こんなふうに生きていけたなら」、フライヤーに書かれている一文だ。その言葉通り、平山が送る日々に憧れ、平山という人物をこんなにも好きになってしまった。映画の主人公に対してここまでのいとおしい感情を抱いたのは初めてだ。
平山の日常は静かな川のように平穏で、彼を取り巻く人物が水面を揺らすように刺激をかすかに与えていく。彼が守るルーティンを壊さないであげて、と私は勝手ながらに思うけど、どんな人にも真摯(しんし)に向き合う平山のまなざしを見て私はまだまだだなと思う。
私はよく無い物ねだりをしてしまう。自分にある余白を埋めれば埋めるほど、余白がどんどん広がっていくような感覚に陥る。彼のように、今あるものを丁寧に愛すことで日々は満たされていくのだと、この作品から学ばせてもらった。
日本人でも気付かない日本の魅力を表現したビム・ベンダース監督
ビム・ベンダース監督は親日家だと上映後、配給会社の方に伺った。うん、絶対そうですよね、と言ってしまった。だって、東京のトイレの清掃員を主人公にしようなんて、日本人でも浮かばない発想だから(そして東京には素晴らしくすてきなトイレがたくさんあることを教えてもらった)。
ビム・ベンダース監督は、日本人でも気付かない日本の魅力をさらりと表現する。平山が愛する「木漏れ日」。木の葉の間から漏れる光を指す木漏れ日という言葉は日本語にしか存在しないらしい。木漏れ日という言葉が存在しているからこそ、私たちは木漏れ日を注視して美しいと思うのかも。
あとは、常連の居酒屋のマスターが「お疲れ様」と言いながらお酒を出してくれる文化。銭湯で出会った他人と裸同士で会釈する文化。私たちが日本で生活する中で当たり前になってしまっているけど、その文化に私たちの心はだいぶ助けられているよな、ということを思い出させてもらった。
混沌(こんとん)とした現代社会で、たくさんの情報と人にもまれて生きている私たち。いつも奇麗な公共トイレとか、「おかえりなさい」という一言とか、木の葉に揺れる光とか。せわしない日々に流されてしまいそうになった時、私たちを助けてくれる日常はすぐそこにあるんだということを教えてくれた映画「PERFECT DAYS」。ぜひ、平山さんに会ってみてください。
「PERFECT DAYS」は12月22日(金)から全国公開。