第77回毎日映画コンクール・女優主演賞を受賞した岸井ゆきの=丸山博撮影

第77回毎日映画コンクール・女優主演賞を受賞した岸井ゆきの=丸山博撮影

2023.1.27

女優主演賞 岸井ゆきの 役が自分の中で「生まれた」:第77回毎日映画コンクール

毎日映画コンクールは、1年間の優れた映画、活躍した映画人を広く顕彰する映画賞。終戦間もなく始まり、映画界を応援し続けている。第77回の受賞作・者が決まった。

木村光則

木村光則

生まれつき耳の聞こえない女性がボクサーとしてリングで戦う姿を描いた映画「ケイコ 目を澄ませて」で、主人公のケイコを演じ、第77回毎日映画コンクール女優主演賞を受賞した岸井ゆきの。葛藤を抱えながらもボクシングと向き合い、懸命に生きるケイコの姿を繊細な表情と動きで演じたが、そのキーワードは「響き」だった。
 


 

三宅監督と一緒にトレーニング

聴覚障害を持ちながらリングに立った実在のプロボクサー、小笠原恵子の著書が原案。ただ、最初にオファーを受けた時は、小笠原の著書とプロデューサーしか決まっておらず、監督も未定で、「私に何ができるんだろう」と悩んだという。「何かが決まれば、打ち込むべきことがはっきりして行動に移せるけど、何も決まっていない状態が一番怖かった」と当時の思いを語る。
 
だが、監督に決まった三宅唱は撮影前の準備段階からボクシングのトレーニングに一緒に通ってくれた。カメラマンの月永雄太や助監督もトレーニングに同行し、さらには、スタッフと一緒にロケハンにも行った。ケイコがトレーニングで走る東京・荒川の河川敷や荒川に架かる堀切橋を見て回り、「ケイコが日々どんな場所でトレーニングしているのかを知ることができた」と語る。
 

たんぱく質摂取で体重増やし

やがてケイコという存在が自然に生まれてきたという。「ボクシングをやっている時に生まれました。ケイコという像に身を任せるのではなく、自分の中で生み出されたものという感覚があった」と、その瞬間を振り返る。
 
ただ、過酷な増量が待っていた。きゃしゃな体つきではボクサーには見えない。「とにかく食べました。糖質は取っちゃいけないので、ささみ肉、セロリ、ほうれん草、きのことか糖質の少ない野菜。足りない分はプロテインで補って」。体重は5㌔以上アップした。「パンチがどんどん重くなっていく感覚があった」とアスリートの感性が養われていった。
 

「ケイコ 目を澄ませて」©2022 「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会COMME DES CINÉMAS

フィルムが回り「これが映画ができる音なんだ」

今作は、全編がデジタルではなく、16ミリフィルムで撮影されている。何度も撮り直しができるデジタルに比べて、フィルムは撮影回数に限りがある。「撮影時の集中力、失敗はできないという思いがみんなにあった」と話す。そして何よりも「フィルムがカラカラって回る音がして『ああ、これが映画ができる音なんだ。みんなが愛した音なんだ』というのを肌で感じることができて幸せでした」と語る。
 
また、劇伴の音楽を一切使わず、環境音だけで構成している。撮影当初から劇伴を使わないと聞いていたという。「格好いいなと思った。本当に繊細に音をつけていただいた」と語る。「散歩する時も木の葉が風で揺れる音や、川が見えていないのに川の音が聞こえるのが好き」という岸井にとって、このチャレンジはエキサイティングなものだった。


 

スタッフ受賞に「とてもうれしい」

毎日映コンでは、今作の映像と音も高く評価され、月永が撮影賞を、川井崇満が録音賞を受賞。さらに三宅が監督賞を受賞し、作品賞の最高部門・日本映画大賞にも輝いた。「今回受賞を最初に聞いて思ったのが、他のスタッフさんたちも受賞していたらうれしいな、ということ。こういう結果になってとてもうれしい」と満面の笑みをみせた。
 
作中で、ケイコは通うボクシングジムの会長(三浦友和)を父親のように慕う。ケイコの心を映し出す鏡のような会長を演じた三浦に対し、「最後までどこかでつながっている存在。会長として最後までいてくださった友和さんの背中に感謝です」と思いを語った。
 

見える世界に集中して感覚が研ぎ澄まされた

耳が聞こえないというハンディはボクシングにおいて軽くない。試合時にはゴングの音も、トレーナーの指示も聞こえない。相手の動く音も聞こえない。しかし、岸井は「リングの床って、意外とカチカチじゃない。だから響きがあるんです」と言う。「床を足がすべる時の響き、パンチが当たるときの衝撃、クリンチした時の相手の呼吸の響き。集中していれば感じることができる」と強調する。
 
撮影中、耳の聞こえないボクサーになりきって、どんどん感覚が研ぎ澄まされていったという。「見える世界のことだけに集中していると、周りの動きもすごく見えて、それが勇気につながった」と話す。
 

自分の体に響く叫び声

試合の場面で、追い詰められたケイコがすさまじい表情で叫びながら、相手に飛びかかるシーンがある。体の底から発せられたようなうなり声で見る者の心をつかんだ。「ケイコは耳が聞こえないから、自分の体に響くような音じゃなければ意味がないと思った。その響きで、ケイコはもう一歩を踏み出せるんじゃないかと思った」。このシーンで監督の指示はなく、自然に出た声だったという。
 
この言葉を聞いて、劇伴も主人公のセリフもほとんどない静かな映画の中で、私たちはずっとケイコの心の〝響き〟を感じていたのだ、と気づいた。
 

ベルリン行きかなわず「あんなに泣いたことはない」

自身にとってエポックメーキングな作品となった今作だが、悔やんでも悔やみきれないことがあるという。「オファーを受けたとき、プロデューサーから『この作品は海外の映画祭に持っていきたい』と言われて、『もしかしたらそんな景色が見られるかもしれない』と思った」と明かす。
 
その思いは日増しに強まっていった。そして、作品は実際に2022年のベルリン国際映画祭でプレミア上映された。だが、時は新型コロナウイルスの感染が急拡大した折だった。ベルリンに渡ることはかなわず、「あんなに人生で泣いたことはないというぐらい泣きました。3大映画祭(に参加すること)は人生の夢なので。この作品で行きたかった……」と今もなお悔しそう。
 
だが、この作品は、岸井に「そこに確かにいることができれば必ず伝わる」という自信を与えた。その自信はこの先、彼女が夢を実現する時の大きな力になるだろう。

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ライター
木村光則

木村光則

きむら・みつのり 毎日新聞学芸部副部長。神奈川県出身。2001年、毎日新聞社入社。横浜支局、北海道報道部を経て、学芸部へ。演劇、書評、映画を担当。

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