よしざき みちよ
映画プロデューサー、「嵐を呼ぶ女 アカデミー賞をとった日本人女性映画プロデューサー、愛と闘いの記録」著者
アカデミー賞を受賞した「ハワーズ・エンド」「クライング・ゲーム」の日本人映画プロデューサー、吉崎道代さんのインタビュー最終回。著書「嵐を呼ぶ女 アカデミー賞を獲った日本人女性映画プロデューサー、愛と闘いの記録」(キネマ旬報社)を出版し、ロンドンから来日した吉崎さんは、映画の世界を目指す若い人に「ぬるま湯から早く抜け出して、自分の頭で考えなさい」と力説する。 苦労はなかった 「おしん」の世界は好きじゃない --ローマの映画学校に入って以降、長く映画界で仕事を続けてきた。 好きな仕事をやってきたのだから幸せだと思っている。「嵐を呼ぶ女」を出すのに「大変だったことや苦しかったこと...
鈴木隆
2022.10.19
オスカー受賞プロデューサー、吉崎道代さんのインタビュー3回目。日本ヘラルドで買い付けた「ニュー・シネマ・パラダイス」が大ヒット、「ハワーズ・エンド」「クライング・ゲーム」でついに米アカデミー賞を受賞。しかしヒットを確信した「ラストエンペラー」など製作に加われず、無念の思いをしたことも。波乱の映画人生は続く。 ジュゼッペ・トルナトーレ監督と吉崎道代さん 日本ヘラルドで買い付け作品が次々ヒット --日本へラルド映画に入って、映画の配給権の買い付け、いわゆるディストリビューターの仕事を始めた。 白血病で死を宣告された17歳のイタリア人の少女とイギリス人の中年ピアニストの恋を、モン...
2022.10.05
イタリアの名門映画学校に入学しながら学生運動に巻き込まれ、フェリーニ監督に育毛剤を贈って知己を得る。「嵐を呼ぶ女 アカデミー賞を獲った日本人女性映画プロデューサー、愛と闘いの記録」(キネマ旬報社)を出版した吉崎道代さんの、波乱の映画人生は続く。 「嵐を呼ぶ女 アカデミー賞を獲った日本人女性映画プロデューサー、愛と闘いの記録」(キネマ旬報社刊) 監督よりもプロデューサー向きだった --19歳でローマのイタリア国立映画実験センターに入学したが、センターではどんな勉強を。 コースが分かれていて、本当は監督コースにいきたかった。映画といったら監督と思っていたし、いいシナリオを書いてビ...
2022.9.21
ロンドン在住の映画プロデューサー、吉崎道代さんは、オスカーを受賞した英国映画「クライング・ゲーム」(1992年)や「ハワーズ・エンド」(同)の製作、「ニュー・シネマ・パラダイス」(88年)ほかヒット作の日本配給のための買い付けなど、長年にわたり映画ビジネスに携ってきた。このほど映画人生を振り返った著書「嵐を呼ぶ女 アカデミー賞をとった日本人女性映画プロデューサー、愛と闘いの記録」(キネマ旬報社)を出版。盛夏の中、来日した吉崎さんに華麗なる映画遍歴を語ってもらった。 「嵐を呼ぶ女 アカデミー賞を獲った日本人女性映画プロデューサー、愛と闘いの記録」(キネマ旬報社刊) マーロン・ブランド...
2022.9.07