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2025.1.06
伝説の脚本家・向田邦子の最高傑作を是枝裕和監督がリメーク! 洒脱な人間ドラマ「阿修羅のごとく」
是枝裕和が監督・脚色を務めたNetflixシリーズ「阿修羅のごとく」の全7話が、1月9日に一挙配信される。まず「え? 向田邦子の!?」と反応するのはかなりのドラマ好きか、読書家か、60歳以上の方だろう。
本作は、向田邦子がキャリアの最盛期に脚本を執筆したドラマシリーズのリメークだ。オリジナルは1979年に全3話がNHKで放送され、好評だったため、翌年に続編となる4エピソードが放送された。
長女の綱子、次女の巻子、三女の滝子、四女の咲子からなる4姉妹が主人公。4人はすでに、両親が暮らす池上(東京都大田区)の実家を出て、それぞれの暮らしを送っている。79年1月のある日、70歳の父・恒太郎に愛人と幼い息子がいることをつきとめた滝子の号令で、久しぶりに集合する。そこから4人それぞれの、姉妹には知られたくなかった顔が明らかになっていき……。
4姉妹のキャスティングが強い! 強すぎる!!
是枝版「阿修羅のごとく」の最大の強みは、四姉妹を演じる俳優陣の顔ぶれである。長女が宮沢りえ、次女が尾野真千子、三女が蒼井優、そして四女が広瀬すず。4人中1人くらいは「チャレンジ枠」にして、一般的にはそこまで知名度が高くない有望株を抜てきするのもひとつの手だが、本作は4枠全てに、いくつもの主演作を持つトップ・オブ・ザ・トップの俳優をキャスティングした。トランプでいえばエースのフォーカード級だ。
夫に先立たれ、生け花の師匠として生計を立てている綱子は、感性と本能に従順な人。独立した一人息子は仙台にいるため、谷中(東京都台東区)の木造住宅に一人で暮らしている。逢瀬(おうせ)を重ねている料亭の主人(内野聖陽)には、妻(夏川結衣)がいる。
専業主婦の巻子は、毎日の家事と、長男と長女の子育てに忙しい。良妻賢母の彼女は、サラリーマンの夫・鷹男(本木雅弘)の浮気をひそかに疑っているが、問い詰めたりはしない。父(國村隼)を問い詰めない母(松坂慶子)のように。
祐天寺(東京都目黒区)のアパートに暮らす滝子は有栖川図書館で司書として働いている。父の浮気調査を依頼した興信所の所員・勝又(松田龍平)から告白されるが、恋愛に縁遠かった滝子はどうしたらいいかわからない、奥手の堅物だ。
咲子は器量が良く、モテモテ人生を歩んできた。今は喫茶店でアルバイトをしながら、恋人のボクサー・陣内(藤原季節)と風呂なしのアパートで同せい生活を送っている。チャンピオンを目指す陣内の夢を献身的に支える彼女は、姉たちから見ると危なっかしい末っ子だ。
全7話の折々で見られる、4姉妹で集まってああだこうだおしゃべりをするシーンが圧巻だ。何かを食べている者、人の話を聞いていない者、笑い転げる者、好き勝手にまくしたてる者などを、ワンカットで撮影している。予定調和でもなければ段取りでもないが、ドキュメンタリーでもないし、行き当たりばったりの掛け合いでもない。超絶技巧を持つ4人がそれぞれのキャラクターに徹しつつ、言うべきせりふを言い、その場で生まれる空気や流れに大胆に反応していく。その結果生み出された、緻密さと自由さを兼ね備えた奇跡の四重奏なのだ。
グレーな部分をグレーなままにする洒脱さ
このドラマにおけるアクセントが、三女・滝子と四女・咲子の関係性だ。勉強はできるがモテなかった滝子と、モテるけれど勉強ができなかった咲子は、性格も生き方も正反対。互いにコンプレックスを刺激され、妬み、そねみの感情もあり、顔を合わせるたびに場の空気が険悪になってしまう。
滝子と咲子がお互いに放つ言葉はむき出しだが、だからといって愛情がないわけではない。その証拠に、咲子がボロボロになったとき、滝子は誰よりも胸を痛め、咲子を傷つけた「敵」に牙をむくのだ。友人同士だと縁が切れてしまえばそれっきりの関係も、姉妹だからいやが応でも続き、このようなドラマが生まれるのだろう。
意識的だとしても、無意識だとしても、語られる言葉がすべて本音とは限らない。会話劇でせりふが多いにもかかわらず、多くの作品でクライマックスとされうる「本音はこうですよ」「これが事実ですよ」という種明かしをせず、グレーなことをグレーなままにする洒脱(しゃだつ)な作劇に、人間の計り知れなさが浮かび上がる。それこそが、「阿修羅のごとく」の人間ドラマとしての醍醐味(だいごみ)だ。
Netflixシリーズ「阿修羅のごとく」は2025年1月9日より独占配信。