「最後まで行く」Ⓒ2014SHOWBOXMEDIAPLEX AND AD406 ALL RIGHTS RESERVED

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2023.3.22

日本版も楽しみ 予測不能の韓国製〝スパイラルスリラー〟「最後まで行く」:謎とスリルのアンソロジー

ハラハラドキドキ、謎とスリルで魅惑するミステリー&サスペンス映画の世界。古今東西の名作の収集家、映画ライターの高橋諭治がキーワードから探ります。

高橋諭治

高橋諭治

クライムスリラーはしばしば「人間は過ちを犯す生き物である」という真理を証明するジャンルだ。劇中で思いがけない過ちをしでかしてしまった主人公は、その瞬間、自身の人生を左右する重大な2択を迫られる。すぐに過ちを認めて罪を償うか、または過ちをもみ消すか、だ。
 

キーワード「負のスパイラル」

もしも主人公が潔く前者を選んだらその時点で映画は終わってしまうのだが、後者を選んだ者はとんでもない悲惨な運命をたどるはめになる。保身のために過ちを消そうとした行為が新たな過ちを招き、主人公を苦しめる災いは雪だるま式にふくれ上がっていく。筆者はそのような悪夢のごとき悪循環を描く映画を〝スパイラルスリラー〟と勝手に呼んでいる。例えばコーエン兄弟の「ブラッド・シンプル」(1984年)や「ファーゴ」(96年)、フリッツ・ラング監督のフィルムノワール「飾窓の女」(44年)などがその一例だ。
 
今回紹介する韓国映画「最後まで行く」は、同国を代表する映画賞の青龍賞で脚本賞など3部門、大鐘賞で監督賞など3部門を受賞した一作。その題名が暗示するように、負のスパイラルに見舞われた主人公がいくら追いつめられても悪あがきを重ね、〝行けるところまで行く〟というすさまじい内容の犯罪映画である。


 

指名手配犯をひき殺した汚職刑事

殺人課の刑事コ・ゴンス(イ・ソンギュン)が、突然の内部監査で横領がバレることを危惧し、母親の葬儀を途中で抜け出した。ところが車で警察署に向かう途中、夜道で通行人をひいてしまう。焦ったゴンスは死体を母親の棺おけの中に隠すが、後日、その被害者は指名手配中の殺人犯だと判明。そして事故を目撃したという謎の人物(チョ・ジヌン)からの脅迫電話によって、ゴンスはさらなる窮地に立たされていく……。
 
全編に異様な緊迫感がみなぎるノンストップサスペンスでもある本作は、ファーストシーンから目が離せない。映画が始まってまもなく人身事故を引き起こした主人公ゴンスは、たちまち逃れられない負の連鎖にとらわれていく。パトロール中のパトカーや飲酒運転を取り締まる検問に肝を冷やしたかと思えば、息つく間もなく葬儀場でアクロバティックな手口による死体隠蔽(いんぺい)を実行するはめになる。序盤からこんなにも飛ばしてスリルが持続するのかと、映画の行く末を心配してしまうほどの勢いだ。


 

脅迫者の無理難題 主人公がしぶとく悪あがき

自作のオリジナル脚本を映画化したキム・ソンフン監督は、その後もゴンスの綱渡りの隠蔽工作を描きながら、中盤でトリッキーなひねりをさく裂させる。ゴンスを電話で脅迫していた謎の男を唐突に登場させ、見ているこちらまでも大混乱に陥れるのだ。脅迫者の正体はあえて伏せておくが、ゴンスを手玉に取り、無理難題を強要するその男の押しの強さにあぜんとせずにいられない。自らもひどい悪事に手を染めているこの脅迫者は、人の弱みに容赦なくつけ込む悪魔のような怪人なのである。
 
沈みゆく船から必死に水をかき出すように急場しのぎの言動を連発するゴンスは、はたから見ればこのうえなく滑稽(こっけい)だが、もはや後戻りもできずあえぎまくるその姿は奇妙な共感も誘う。「人間は過ちを犯す生き物である」と同時に、「人間はどうしようもなく弱く、愚かな生き物なのだ」と。スパイラルスリラーは、そんな人間のサガをえぐり出すジャンルでもある。加えて本作は、限界突破の悪あがきで捨て身の抵抗を続ける主人公の〝しぶとさ〟をも描き、ラストシーンまで見る者の目をくぎ付けにする。


 

岡田准一、綾野剛主演でリメーク

韓国で5週連続1位の大ヒットを飛ばした本作は、中国、フランス、フィリピンでリメークが作られており、それらに続く日本版リメークが来る5月19日に全国公開される。「新聞記者」(2019年)、「ヤクザと家族 The Family」(21年)、「余命10年」(22年)、「ヴィレッジ」(23年)など話題作を連打する藤井道人監督がメガホンを執り、主人公の刑事を岡田准一、彼と敵対する監察官を綾野剛が演じるという豪華な布陣。韓国版では時間軸のスパンが曖昧になっているが、日本版は年の瀬の96時間がストーリーの背景となる。こちらも楽しみだ。
 

「最後まで行く」はアルバトロスからDVD発売中。4180円。
 

ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。