「春画先生」 Ⓒ2023「春画先生」製作委員会

「春画先生」 Ⓒ2023「春画先生」製作委員会

2023.10.29

夜の交わりを実況中継するのは「春画先生」だけではない!:勝手に2本立て

毎回、勝手に〝2本立て〟形式で映画を並べてご紹介する。共通項といってもさまざまだが、本連載で作品を結びつけるのは〝ディテール〟である。ある映画を見て、無関係な作品の似ている場面を思い出す──そんな意義のないたのしさを大事にしたい。また、未知の併映作への思いがけぬ熱狂、再見がもたらす新鮮な驚きなど、2本立て特有の幸福な体験を呼び起こしたいという思惑もある。同じ上映に参加する気持ちで、ぜひ組み合わせを試していただけたらうれしい。

髙橋佑弥

髙橋佑弥

本連載には「2本の作品を取り上げる」以外の制約がないため、可能な限り〝1本目〟は公開中の新作映画(旧作上映を含む)を取り上げることにしている。もちろんあとから読み返せば、どちらも旧作ということになるわけだが、せっかく「いま」即ち特定の時期に書いているのだから、時期とひも付いた作品を選びたいのだ。
 
だから、面白い新作映画になかなか巡り合えないと頭を抱えることになる。必ずしも好きな作品ばかりを選んでいるわけではないものの、毎回「今回は苦手だった新作の話」というわけにもいくまい。例によって、ここのところ好ましい映画に当たらず途方に暮れていたのだが、ようやく面白い新作とぶつかった。 

目下公開中の塩田明彦監督最新作「春画先生」がそれだ。単刀直入な題名そのままに、喫茶店で働く若い女性が、お客として来ていた「春画先生」と出会って春画の魅力に目覚めてゆく。


 

隠してみたら見えてくるのは

本作のなにより素晴らしいところは、春画をめぐる場面の面白さ。春画の映画なのだから当然だろうと思われるかもしれないが、専門的題材を扱いながら、面白さと結びつかずに単なる設定に終わってしまう映画の多さを思えば、このうえなく貴重な美点といえる。
 
たとえば、開幕早々「春画に興味があるなら訪ねてきなさい」と声をかけられた主人公が、春画先生宅に赴き、春画の手ほどきを受ける場面。横長の机の上には春画が置かれ、それに向かってふたりが横並びで座っている、本作のポスターでも使われている場面である。
 
 
春画の特色のひとつである、男女問わず人物の顔と同等のサイズで描かれた性器がスクリーンに大写しになり、主人公と共にわれわれも「思い切ったことをするものだなあ」と驚かされるのだが、次いで春画先生は文鎮で結合部を隠してこう言われる──性器に惑わされてはいけない、ほかにも多くのものが描かれている、と。


「春画先生」Ⓒ 2023 「春画先生」製作委員会
 

フレームを豊かにする余計なものたち

そこでわれわれ観客は、主人公とともに春画を発見することになる。物理的に性器の描写が覆い隠されることにより、注意はおのずと周囲の描写へと向かう。表情、肉感、衣装、背後の空間……つい数秒前まで気づくことができなかった面白さを看取できるようになる。
 
そして、この教えは本作の自己言及的なセリフでもあったと気づくことになるだろう。映画も春画も、ともに平面(紙/スクリーン)に奥行きのある空間を顕現させようとする点で変わりはない。人物の演技以外にも、フレームの随所に「いろいろなもの」が映っている。そこがまた面白いのではないかというわけだ。
 
じじつ、上記の場面を例にとっても、ふたりの背後にあるふすまはなぜか執拗(しつよう)に開いたままになっていて、廊下を挟んだ奥の部屋まで垣間見えるようになっている。台所の場面でも、あと少しカメラを左右にずらせば映さずにおけるはずの冷蔵庫や壁や柱が(あえて画面に収めたために)存在感を主張する。それぞれから「意味」がくみ取れるわけではない。だから何なのだ、といわれればそれまで。けれど、この豊かな密度こそが空間を魅力的に仕立てるのだ。
 

年の差を超えた不謹慎さ

予告編をご覧になればお分かりのように、本作は単なる春画の研究を描いた映画ではない。あくまで春画は魅力的な触媒であって、先生と生徒の恋愛関係を駆動させるためにある。主人公=生徒を演じる北香那は26歳、春画先生を演じる内野聖陽は55歳、約30歳の差があり、企画が発表された当初も良識に照らして「ありえない」と騒がれたことが記憶に新しいが、いざ見てみると本作は更に果敢に不謹慎ないし不健全な関係性の描写へと突き進むのだから驚いた。
 
妻を亡くして以降「女断ち」をしている先生は、枕を交わすさなかのあなたの声が聞きたいとおっしゃっている……そう言われた主人公は、最初こそ躊躇(ちゅうちょ)するが、次第に前のめりに、自らと男の交接を録音・中継するようになる。嬌声(きょうせい)が響きわたるなか、眼前のスクリーンには録音・中継に用いられているスマートフォンが映り続ける(だけの)「つまらない画面」がまたおかしい。
 
本作は倫理の葛藤を軽々と飛び越えながら進む。決して均衡とは言えない力関係の中年男性が相手であるという状況を意に介さず、それどころか他の男と交わる音声まで提供するのだ。それは全て「好きだから」、愛している人のためならば何でもできるのだと説明される。私はこれを、潔くも誠実な描き方であると感ずる。
 

録画が流出 「生録 盗聴ビデオ」



「生録盗聴ビデオ」© 1982日活株式会社

録音される性行為という「春画先生」の展開を見ているさなか、ふと脳裏に浮かんだのが菅野隆監督のロマンポルノ作品「生録盗聴ビデオ」(1982年)。これまた単刀直入な題名の通り、録音録画された性行為が物語を突き動かす映画である。
 
主人公は、仕事人間の夫に冷たくあしらわれている人妻。ある夜、彼女は寂しさに身を任せてバーで出会った見知らぬ男と一夜をともにするのだが、後になって行為を記録したビデオテープが出回っていると知ることになる。最初の録音・録画こそ不意打ちだが、次第に積極的に関わらざるを得なくなる点は「春画先生」と同じ。しかしそれ以上に、併せ見ると、物語が進むにつれて重要だったはずの「録音・録画」要素が薄れていくという流れまで共通しているのだから驚かされる。
 

寝食忘れ、広大な場所で……思わぬ共通点

「生録盗聴ビデオ」は、終盤の舞台となる素晴らしい巨大建築が忘れがたい印象を残す映画でもある。スクラッチタイル張り、鉄筋コンクリート5階建て――日本の雑多な街並みにそびえている、この明らかに異質な建物は、松田優作主演のテレビドラマ「探偵物語」の撮影にも用いられた東京・神田淡路町の同和病院だ(98年に解体され、現在はもうない)。
 
この建物の寂れた一室で、男女が寝食も忘れて終わりのないセックスに興じ続ける本作のクライマックスは、まるで「春画先生」では言及される(にとどまる)「7日間の伝説のお籠もり」のようである。思えば「春画先生」の終盤の舞台も巨大な屋敷であるし、交わる男女をはたで見つめる人物が居合わせている状況まで似通っていて興味深いのだが、繰り広げられる行為の笑ってしまうほど度を越した描写には大きな隔たりもある。思いのほか共通点のあるこの2作、比べ見るといっそう面白いはずだ。
 

物足りない向けのオマケ「春の画 SHUNGA」

それにしても、「春画先生」は春画の場面がきわめて魅力的な春画の映画ではあるのだが、中盤以降は物語の焦点が春画から離れていってしまうのが惜しい。それゆえ、一層アブノーマルな世界観へ踏み込んでいくことになる後半も、役者の熱演が見どころではあるものの、いささかの食い足りなさを感じずにはおれない。
 
なので、同じく春画要素に物足りなさを感じた方には11月24日公開のドキュメンタリー映画「春の画 SHUNGA」をお勧めしておきたい。こちらは約2時間ひたすら春画、春画、春画で春画づくし。「春画先生」に登場した作品も取り上げられるので、復習にもぴったりである。
 
「生録盗聴ビデオ」はU-NEXTで配信中。

ライター
髙橋佑弥

髙橋佑弥

たかはし・ゆうや 1997年生。映画文筆。「SFマガジン」「映画秘宝」(および「別冊映画秘宝」)「キネマ旬報」などに寄稿。ときどき映画本書評も。「ザ・シネマメンバーズ」webサイトにて「映画の思考徘徊」連載中。共著「『百合映画』完全ガイド」(星海社新書)。嫌いなものは逆張り。