「チェンジリング」©2008 UNIVERSAL STUDIOS.All Rights Reserved

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2022.12.06

イーストウッドが仕掛けた異様すぎる実録ミステリー「チェンジリング」:謎とスリルのアンソロジー

ハラハラドキドキ、謎とスリルで魅惑するミステリー&サスペンス映画の世界。古今東西の名作の収集家、映画ライターの高橋諭治がキーワードから探ります。

高橋諭治

高橋諭治

言わずと知れた世界的な大巨匠のクリント・イーストウッドは、今世紀になってから数多くの実話ものを手がけている。「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」(共に2006年)の2部作、「インビクタス 負けざる者たち」(09年)、「J・エドガー」(11年)、「アメリカン・スナイパー」(14年)、「ハドソン川の奇跡」(16年)、「15時17分、パリ行き」(18年)など、00年代半ば以降に発表した監督作の半分以上が実話ネタだ。


キーワード「結びつく二つの怪事件」 

なかでも最も奇妙な実話の映画化が「チェンジリング」(08年)だ。〝チェンジリング〟はヨーロッパの民間伝承における〝取り替え子〟を意味し、妖精が人間の子供を連れ去るときに身代わりとすり替えることを指す。そんな摩訶(まか)不思議な取り替え事件が大恐慌直前のロサンゼルスで起こった。
 

消えた我が子が別人にすり替わった〝クリスティン・コリンズ事件〟

1928年3月10日、電話交換手でシングルマザーのクリスティン・コリンズ(アンジェリーナ・ジョリー)は、9歳のひとり息子ウォルターと一緒に映画を見に行く予定だったが、職場からの要請で急きょ休日出勤するはめになった。午後に帰宅すると家にいるはずのウォルターの姿が見当たらない。警察が捜索しても手がかり一つ見つからず、むなしく時だけが流れていく。
 
失踪から5カ月後、ウォルターがイリノイ州で保護されたとの知らせを受けたクリスティンは駅へ迎えに出向くが、大勢のマスコミが見守るなかでの〝感動の再会〟は、キツネにつままれるような結果となった。ホームで対面した〝ウォルター〟は、ひと目で別人とわかる見知らぬ男の子だったのだ!
 
その後も映画は不可解な方向にねじれていく。クリスティンは歯科医や小学校教師らの証言を集め、〝ウォルター〟が別人だと警察に訴えるが、ロス市警の担当刑事ジョーンズはかたくなに再捜査を拒否し、逆ギレしてクリスティンの振る舞いをとがめた揚げ句、彼女を無理やり精神科病棟に放り込んでしまう。その病棟には、警察にとって不都合な存在である女性たちが数多く拘禁されていた。


 

唐突に浮上してくる〝ゴードン・ノースコット事件〟の衝撃性

脚本を手がけたJ・マイケル・ストラジンスキーにとって、これが商業映画デビュー作。元ネタの〝クリスティン・コリンズ事件〟を入念にリサーチしたストラジンスキーは、いかなる苦難に見舞われても我が子を取り戻そうとする母親の苦闘をメインテーマに据えた。さらに当時のロス市警の腐敗ぶり、女性に対する人権蹂躙(じゅうりん)も織り交ぜ、社会派ドラマとしての見応えは一級品。イーストウッドの簡潔かつ巧みな語り口、感情の抑揚を抑えたアンジェリーナ・ジョリーの演技、20年代末を再現した撮影、美術、衣装などのスタッフの仕事も素晴らしい。
 
ところが本作はカンヌ国際映画祭コンペティション部門で無冠に終わり、米アカデミー賞でも主演女優、撮影、美術の3部門にノミネートされるにとどまった。その理由は定かでないが、筆者が思うに〝あまりにも異様〟なストーリー展開が一因ではあるまいか。実はこの映画、アメリカ犯罪史上に刻まれたもう一つの事件を扱っている。クリスティン・コリンズ事件と同年に発覚した〝ゴードン・ノースコット事件〟である。
 
ゴードン・ノースコットは20年代後半に20人もの少年を誘拐し、自らが営む養鶏場に監禁して殺害した異常性癖者のサイコキラーだ。本作では中盤、クリスティンの物語から半ば唐突にノースコット事件へと切り替わり、犠牲者の中にクリスティンの息子ウォルターが含まれていた疑いが浮上する。ところがノースコット事件と、クリスティンの前に現れた偽者の〝ウォルター〟には何ら関連性がないのだ! 見ているこちらは〝あまりにも異様〟な想定外の流れに愕然(がくぜん)とするしかない。そんなこちらの混乱などお構いなしに、同じカリフォルニア州内で発生した二つの怪事件があれよあれよという間に結びついていく展開に息をのむ。実話ネタのミステリー映画は数あれど、これほどの衝撃性はめったに体験できない。


 

想像を絶するレベルの「事実は小説よりも奇なり」

事実は小説よりも奇なりと言うが、これはもう想像を絶するレベルだ。ストラジンスキーの脚本も、イーストウッドの演出も、あくまでコリンズ事件をドラマの核にして、猟奇的なノースコット事件の詳細には踏み込んでいないが、終盤に生々しく映像化されたノースコットの死刑執行シーンのインパクトも強烈で、やはり〝あまりにも異様〟な映画と言わざるをえない。
 
ちなみにノースコットが犯したむごたらしい連続少年誘拐殺人には、サラという彼の母親が加担しており、終身刑を宣告された。その史実は本作では省かれているが、クリスティンのように不屈の執念で我が子を捜し続ける母親がいる一方で、我が子の凶行の片棒を担ぐ毒母もいる。そんな後味までも尋常ならざる実録ミステリー映画なのであった。
 

「チェンジリング」はNBCユニバーサル・エンターテイメントからブルーレイ発売中。2075円。

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ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。
 

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