ハラハラドキドキ、謎とスリルで魅惑するミステリー&サスペンス映画の世界。古今東西の名作の収集家、映画ライターの高橋諭治がキーワードから探ります。
2022.11.22
東京国際映画祭3冠監督の隠れた傑作スリラー! 「ゴッド・セイブ・アス マドリード連続老女強姦殺人事件」:謎とスリルのアンソロジー
常日ごろから新たなミステリー&スリラー映画の発掘に余念がない筆者が、先ごろ開催された第35回東京国際映画祭で真っ先に目をつけたのが、コンペティション部門に出品されていた「ザ・ビースト」(2022年)だった。スペインの山間の村に移り住んだ中年のフランス人夫婦が、よそ者の彼らを敵視する地元住民と激しく対立。その思いがけない行く末を描き上げたこの重厚なスリラーは、コンペ審査委員長のジュリー・テイモアに「まさに傑作」と言わしめ、東京グランプリ、最優秀監督賞、同男優賞(ドゥニ・メノーシェ)の3賞を独占した。
シネマの週末 特選掘り出し「ザ・ビースト」評
キーワード「問題を抱えたバディー」
とはいえ、筆者が「ザ・ビースト」に注目した理由は「何となく賞をとりそうだったから」ではない。かねてスペイン人監督、ロドリゴ・ソロゴイェンのスリラー作家としての才能にほれ込んでいたからだ。同監督の前作「おもかげ」(19年)は、息子が行方不明になるという悲劇に見舞われた女性の彷徨(ほうこう)を描いたヒューマンドラマ。
主人公の息子が謎の失踪を遂げた事件をワンシーン&ワンカットで映像化した約15分のシークエンスを冒頭に据え、平穏な日常が突如として悪夢に変わりゆく様を描出。この濃密なサスペンスがみなぎる導入部は、ソロゴイェンが17年に製作した短編「Madre」をそのまま使用したものだ。
ゆがんだ性癖を持つ連続殺人鬼、マドリードに現る
今回紹介する「ゴッド・セイブ・アス マドリード連続老女強姦殺人事件」(16年)は、ソロゴイェンが初めて単独で監督を務めた長編映画(それ以前には共同監督作を発表している)。スペインは優れたスリラーの量産国として知られているが、筆者が思うに「ロスト・ボディ」(12年、オリオル・パウロ監督)、「マーシュランド」(14年、アルベルト・ロドリゲス監督)などとともに、ここ10年におけるスパニッシュスリラーの最高傑作のひとつである。
11年の夏、マドリードで一人暮らしの高齢女性が殺害される凄惨(せいさん)な事件が相次いで発生する。それが同一犯による連続殺人だといち早くにらんだ刑事ベラルデ(アントニオ・デ・ラ・トレ)は、相棒のアルファロ(ロベルト・アラモ)とともに特異な性癖を持つ犯人を追うことに。しかし強引な捜査を警察上層部にとがめられたベラルデは閑職に追いやられ、アルファロはクビを宣告されてしまう……。
異彩を放つ刑事コンビのキャラクター造形
2人の刑事がシリアルキラーを追跡するというよくある話なのだが、本作の際立つ特徴は主人公たちのキャラクター造型にある。殺人課に所属するベラルデとアルファロは、共に職務意識の強い刑事なのだが、幼い頃のトラウマゆえに吃音(きつおん)症になったベラルデは、他者とのコミュニケーションをうまく取れない孤独な男。一方、頭に血がのぼりやすいアルファロは同僚への暴力事件を引き起こし、妻子との関係もギクシャクしている。
この手のジャンルのバディーは、「リーサル・ウェポン」シリーズ(1987~98年)がそうであったように人種が違う2人を組み合わせ、ひとりがトラブルメーカー、もう一人がなだめ役というのが基本形。本作においてもベラルデが知性派、アルファロが肉体派という対照的な個性のバディーが描かれているのだが、上記のようにどちらも仕事と私生活の両面で問題を抱えている。ソロゴイェン監督は2人のプライベートのパートにじっくりと時間を割き、高潔なヒーローとはほど遠い欠陥だらけの男たちの人物像を掘り下げていく。とりわけベラルデが自宅マンションの清掃人である女性に恋するエピソードは、ほとんど変人レベルと言っていい彼の痛ましい不器用さをあぶり出している。
リアルで骨太、ダイナミックに映像化された殺人捜査の行方
むろん本作は、本筋である殺人捜査のドラマも見応え十分。中盤過ぎに画面に姿を現すシリアルキラーは、見た目は拍子抜けするほど平凡な若者であり、これまた〝悪のカリスマ性〟とはかけ離れている。幼少期からの母親との確執を引きずるこの犯人は、ローマ法王の来訪にわき立つマドリードの喧噪(けんそう)の陰に身を潜め、白昼堂々と病的な凶行を重ねていく。いかにも実在しそうな連続殺人鬼の描写である。
大勢の観光客が行き交う市街地の風景をドキュメンタリーのようにカメラに収めながら、見る者を人目が及ばない大都会の〝死角〟へと誘っていく演出も秀逸だ。懸命の捜査を続ける刑事コンビが壮絶な運命をたどっていく終盤までまったく目が離せず、極めて総合力の高い骨太なスリラーに仕上がっている。
現時点で「ザ・ビースト」の日本公開は未定のようだが、いずれどこかの映画会社が買い付けるだろう。卓越した出来栄えの本作ともども、ソロゴイェン監督の確かな手腕を確かめてほしい。
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