誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。
2024.12.12
公開35年でも色あせない4Kレストア公開「バグダッド・カフェ」 今だからこそ響くもの
友達ってなんだろう。大人になるほど、その言葉に違和感を持つようになった。スマホを開けば知り合いの生活を簡単にのぞくことができるが、果たして私たちは友達なのか?と聞かれたら自信がない。相手からすれば、私は取るに足らない存在かもしれないし……。事あるごとに友達申請を促すSNSに辟易(へきえき)する私は、少し考えすぎなのだろうか。そんなモヤモヤを一掃してくれた、映画「バグダッド・カフェ」。
35年前、ミニシアターブームの火付け役となった名作が4K修復され、この冬再び日本のスクリーンに帰ってくる。日本公開当初を知る人によると、独特な色彩と楽曲の衝撃はとても大きかったそうだ。まだベルリンの壁が東西を分けていた頃の西ドイツのインディーズ作品が海を超え、今も世界中の人に愛されていること自体にメッセージを感じる。多様化が進む今だからこそ、響くものがあった。
渇いた心をいやす存在
アメリカ旅の途中、傲慢で荒々しい夫との夫婦げんかの末に一人で車を降りることになったドイツ人女性・ヤスミンは、アメリカ西部のモハベ砂漠にたたずむモーテル兼カフェ「バグダッド・カフェ」にたどり着く。いつも不機嫌でいら立っているモーテルのオーナー・ブレンダは、砂漠にそぐわないヤスミンの姿に不信感を抱きつつも宿泊を許可する。事務所の大掃除やカフェの手伝いをするヤスミンの行動をおせっかいに感じ警戒心を強めるブレンダだったが、周囲の人々と打ち解けていくヤスミンに徐々に心を開いていく。その後、実はマジシャンであるヤスミンの手品が客に大ウケし、カフェは大繁盛! ふたりの仲もどんどん深まるが・・・・・・。年齢も国籍も生き方もさまざまなキャラクターたちが織りなす、砂漠に生まれた出会いと友情を描いたヒューマンドラマである。
初めは、肩を上げて歩くブレンダの憤慨ぶりに「さすがに怒りすぎだろう・・・・・・」と思っていたが、それも無理はなかった。仕事ができない怠け者の夫、サル。母にお金をせびり男たちと遊びほうける娘・フィリス。実の子である赤ん坊の面倒も見ずピアノの練習ばかりしているブレンダの息子・サロモ。客がいない時はカウンターの奥で眠りこけるバーテンのカヘンガ。不がいない家族と、働かない従業員。彼らにいつも怒鳴っているブレンダを中心にただよう荒んだ雰囲気と、明らかに歓迎ムードではない状況にも動じず自分のペースを乱さないヤスミンの包容力は、日々すり減っていく私たちの心も包み込んでいく。この作品には欠かせないモチーフであるモーテル敷地内の大きな給水塔は、登場人物の渇いた心をいやすヤスミンの存在とリンクする。
名曲が担う希望の光
名作には名曲がつきもの、という持論を裏付ける一作でもある「バグダッド・カフェ」。不意に流れてくるテーマソング「calling you」のインパクトは強烈で、この曲で映画を認知している人も多いのではないだろうか。ジェベッタ・スティールのボーカルが、砂漠の街に降り注ぐ。calling you・・・・・・「あなたを呼んでいる」と繰り返す歌詞が、冒頭とエンディング、そしてキャラクターによって違うメッセージ性を持つのも面白い。
実際に歌ってみると、サビ頭、ピアノとぶつかるメロディーラインに違和感を抱く。この若干不安定な部分こそが癖になる要素であり、これが私が作品に感じた焦燥感や孤独の正体だったのか、と納得した。それと同時に、大半が低い音程で語るように歌われるなか、サビの一節だけで歌われる高音と異国の情緒を漂わせるハーモニカの音は、作品に差す希望の光のような役割も担っていると感じた。
私が一番好きな場面は、終盤の大繁盛のマジックショーのシーン。怒鳴ってばかりだったブレンダがみせる笑顔とソウルフルな歌声。無駄な練習に思われていたサロモのピアノも大活躍。ヤスミンとブレンダの間に生まれた信頼関係や、モーテルを取り巻く個性的な人々がそれぞれの輝く場所を見つけている様子がハートフルでありながら泣けてしまう、素晴らしいパートだった。
主人公の姿に重ねた大切な友人からのメッセージ
大人になってからの友達・・・・・・といえば、4年ほど前に出会ったAちゃんのことを思い出した。当時彼女はまだ大学生で、真面目すぎて少し不器用な愛らしい子だった。お菓子作りや絵を描くことが得意で、彼女が描いた花のポストカードを手にした私に「それはネモフィラです。花言葉は、どこでも成功。菜央さんにぴったりですね!」とにっこり教えてくれた。その言葉は、自信を無くしそうになった時いつも私を勇気づけてくれるお守りになっている。その後Aちゃんは就職し住む場所は離れてしまったが、部屋に飾ったポストカードを眺めてはいつも彼女の幸せと健康を願っている。困った時いつでも私を呼んでほしいと思うのは、私にとって彼女が大切な友達だからだろう。
異国の地でも周りを巻き込みながら自身の魅力を発揮したヤスミンの姿に、ネモフィラの花言葉「どこでも成功」の理想的なかなえ方を見た気がした。SNSが発達する陰で心のつながりが薄くなるのを感じていたが、そんな時代だからこそ、ふと顔が思い浮かぶ人たちを大事にしていきたい。多くの人に愛される不朽の名作は、この先もきっと観客の心を潤いで満たし続けるだろう。