2021年に生誕90周年を迎えた高倉健は、昭和・平成にわたり205本の映画に出演しました。毎日新聞社は、3回忌の2016年から約2年全国10か所で追悼特別展「高倉健」を開催しました。その縁からひとシネマでは高倉健を次世代に語り継ぐ企画を随時掲載します。
Ken Takakura for the future generations.
神格化された高倉健より、健さんと慕われたあの姿を次世代に伝えられればと思っています。
2023.12.02
北九州に受け継がれるDNA「川筋気質」体を張って生きていく、Z世代が見た高倉健「日本俠客伝 花と龍」
1文字目に何を選ぼう。こんなにも緊張感を持って文章に向き合うことは、あまりない。私が見たのは、高倉健主演の映画「日本俠客伝 花と龍」。原作は、北九州市若松出身の芥川賞受賞作家、火野葦平が両親をモデルに描いた「花と龍」。名だたる俳優陣によってこれまで7度も映画化された名作である。鑑賞するにもかなり覚悟が必要だった。大きな理由は二つ。私が任俠(にんきょう)映画に明るくないこと、舞台が若松であり身近すぎることだ。鑑賞の記録を残すことで、双方を愛する方に何か失礼があってはいけないと、勝手に身をこわ張らせていた。だが、実際観るとどうだろう。聞きなじみのあるイントネーションは登場人物の心情や表情を生々しく私に伝え、若松や戸畑などの今もよく足を運ぶ地名は、今と昔の街の違いを鮮明に想像させるほどだった。心配をよそに物語はスッと私の身体に入ってきた。本作は任俠映画のシリーズの一作としてフィクションや派手なアクションを織り交ぜながら描かれているが、最後私の心に残ったのは「川筋気質」(後述する)を宿す、高倉健の強い眼差(まなざ)しだった……。よし、私なりの文が残せそうだ。ふつふつ自信が湧いてきたところで、本題に入ろう。
1902(明治35)年、明治の中ごろ。当時最下層といわれた荷役労働者として働きだした、高倉健演じる玉井金五郎。その妻、星由里子演じるマン。2人が持ち前の度胸と腕で港を束ね一家をなすドラマを、若松と戸畑を舞台に繰り広げる。劇中のせりふを拾いながら、感想をしたためたいと思う。
北九弁が飛び交う港
「喧嘩(けんか)と博打(ばくち)はゴンゾウの仕事のうちだけぇ」今も街中で聞こえてきそうな、荒くも温かみのある北九弁が飛び交う。方言というのは本当に面白い。無意識にその人のアイデンティティーとなる要素で、地域性も強い。北九州市民の特徴に挙げられる、活気あるお祭り気質や義理人情に厚い部分とリンクする覇気を感じる語調は、長い時間をかけて濃くなったのだろう。幼少期〜高校時代を北九州で過ごした高倉健のネーティブな言い回しはせりふの説得力を増幅させる。聞きなじみのある言葉によって、明治の若松と私の部屋、時と次元を超えて画面内外の空気が混ざる。不思議な感覚だ。
【どん底も薄情も全部 さんのーがーはい!登りつめてみせる】私の「エベレストガール」という曲にも北九弁とされる「さんのーがーはい」(いちにのさん のような掛け声)という言葉を入れた。思い返せば、負けん気の強い北九魂をひしひしと感じる歌詞である。かつて北九州の港でも荷を担ぐ時「さんのーがーはい」の掛け声があったのだろうか。想像し少しニヤついてしまうのであった。先のせりふにもあった「ゴンゾウ」とは、石炭荷役として本船に石炭を積み込む港湾労働者のこと。若松の港には、金五郎やマンと同様に全国から仕事を求めて多くの人が集まった。舟と人がひしめく若松港は日本一の石炭積み出し基地だったこともあり、日本産業の発展に欠かせない重要な場所であった。
北九州に受け継がれるDNA
「川筋気質」(かわすじかたぎ)という、遠賀川流域から若松にかけて石炭輸送に関わった方の気質を表す言葉がある。危険が伴い、体は汚れ、体力勝負の現場では「困っている人がいたら助ける」といった助け合いの精神で安全や命を守っていた。劇中での、組のリーダーが入院するとなれば少ないお金を持ち寄り、鍋などの生活用品を売ってまで助けようとする、一つのコミュニティーがまるで家族のような強い絆をもつシーンには胸が打たれた。
「身分の違いで人を判断してはいけない」というのも、この精神を語るに外せない信念だ。実際に、玉井金五郎とマンは当時の港湾労働者の冷遇を変えるために奔走し、マンに至っては女性港湾労働者の待遇の是正にも取り組んだという。傷付けられた仲間のため、1人敵方へ直談判に来た金五郎の雄姿に「ゴンゾウっちゅうもんはな、明日も分からん命懸けの商売じゃ」「人間裸一貫、自分が正しいと思う道にまっすぐ進んで行きない」と優しく語る九州一の大親分吉田磯吉。このせりふから私は、石炭荷役の仕事の偉大さを肌で感じていた原作の火野葦平のメッセージを受け取った。彼らは過酷な労働環境の中、助け支え合いながら地域や産業を大いに盛り上げた。北九州人の根底に脈々と受け継がれている情に厚いDNAのゆえんがこの「川筋気質」にある。
港に渦巻く恋心
金五郎を取り巻く恋模様も、私にとって大きな見どころだった。つぼ振り・彫り師として登場する富司純子(旧芸名は藤純子)演じるお京は、女の私も憧れるほど妖艶でミステリアスな雰囲気をまとう。博打好きが当たり前の男たちの中に現れた異色の金五郎に一目置き「男は自分がこうと思ったことに体を張って生きていかなくちゃ」としっとり諭すシーンは、息が止まるほど美しい。お京が放つ艶のある声は、港の荒々しさとは違う角度から金五郎の背中を押す。
数年がたち金五郎と再会したお京は、マンと結婚した事実に色っぽく切ない視線の外し方で乙女心を表す。そんな彼女に対し、男社会の先頭で組を取り仕切るマンは、強く真っすぐな愛情を金五郎にぶつける。面と向かって愛情表現をするマンに自分が重なり、私はTHE・北九女性の恋愛傾向にあるのかもしれない……とハッとするのであった。全くタイプの違う2人の渦巻く思いに気付かない、言葉足らずで鈍感で乙女心の分からない金五郎(言い過ぎか?)。この交わらない恋愛観がほほ笑ましくもある。きっとこれは高倉健ならではの役設定だと思うが、よく言えば硬派、見方を変えれば不器用な金五郎のキャラクターは、北九州市民の人物像をうまく表している。
眼差しに宿る魂
物語はクライマックス。マンの兄を惨殺し、仕事をも奪う暴挙に出た伊崎組へ単身で乗り込む金五郎。【遠賀土手行きゃ雁がなく 喧嘩ばくちに明けくれて ゴンゾ稼業と呼ばれていても 胸にいだいた夢ひとつ】マンや仲間に別れを告げ、舟をこぎながら歌う「花と龍」からは死の覚悟と、確固たる仕事へのプライドと愛が感じられる。ラストシーン、敵と対峙(たいじ)した目元のカットこそ、私の心に一番残った場面だ。高倉健と玉井金五郎、両方の魂を感じる眼差しが、ずっと心に焼き付いている。北九州で育った高倉健だからこそできる表現だ。
若松南海岸を歩きながら
若松南海岸沿いの洞海湾を眺め 撮影:波多野菜央
映画「花と龍」は、高倉健の演技、玉井金五郎やマンの生き様に触れることで、自分の中にある北九魂の由来を探る大切な作品となった。現在の若松南海岸にはゆっくりと時が流れる。通勤通学の人々、カメラを構えのんびり過ごす若者、子連れの家族など、それぞれが好きな時間を過ごす人気の散策スポットだ。「花と龍」の世界とは全く違う光景だろう。
【水しぶき上げて船は進む 小雨程度なら傘はいらない 街灯つきだした僕の真上 いつしかずれていたままのリズム】私の「みなみかぜ」という曲の頭は、南海岸沿いのベンチに座り洞海湾を眺めながら書いた。隣には当時の詰め所を模して作られた旧ごんぞう小屋。今は休憩所として親しまれている。若松は心落ち着く場所でありながら、必ずインスピレーションが湧く不思議なエネルギーに満ちている。それはこの街の歴史に、働くこと、生きることに命を燃やした大勢の軌跡や生きた証しが濃く残っているからだと思う。建造物や産業に加え、スピリットの部分でも私たちの中に大きな財産を残してくれた先人に、心から感謝したい。北九州で暮らす私たちはこの精神を次の世代に伝えていく光栄な使命がある。彼らに恥ずかしくないよう、自分の仕事や作品に誇りを持って生きることを、波止場の輝く波に誓った。
日本俠客伝 花と龍
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