最新の主演作と自身のキャリアについて語るムロツヨシ=猪飼健央撮影

最新の主演作と自身のキャリアについて語るムロツヨシ=猪飼健央撮影

2022.6.23

インタビュー:ムロツヨシ「神は見返りを求める」で新境地 〝いい人〟の仮面剝がれ凶暴な素顔が… 

勝田友巳

勝田友巳

「いい人」と言えばムロツヨシ。「神は見返りを求める」は、この人でなければできない映画だ。ただ、演じる「神さまのようにいい人」田母神は、隠されていた凶暴な一面があらわになってしまう。「いい人」の奥底をのぞく恐ろしい映画だが、「人間の多面性を演じるのは、ものすごいやりがいでした」と前向き。取材中も終始元気いっぱい、サービス精神全開だった。
 



シネマの週末:「神は見返りを求める」

人間が秘めた恐るべき多面性

「いい人っていうくくりでは、見たことある役柄かもしれないですが、今回は、それではないですからね。いい人〝だったのに……〟が入ってくる」。イベント会社に勤める田母神は、頼まれれば断らない好人物。人気ユーチューバーを目指す優里(岸井ゆきの)と出会って親身に手伝うようになる。はじめは田母神に頼り切りだった優里だが、別の人物と組んで作った動画で人気者になると態度がひょう変、田母神を疎んじ、冷たくあしらい始める。
 
「田母神はいい人だったと思います、過去形ですけど。目の前で苦しんでる人に手を差し伸べるのは当たり前だし、好感を持った優里に対しても、ほんとに何も求めてなかった。でも見返りがないことが当たり前になり始めて、変わってしまう。変わらないと思ってたのに変わっていくから、自分にもむかついて、開けたことのないフタが開いて、知らない自分になっていく。恐ろしいし、可哀そう」


 

おちゃらけ封印 役に向き合った

自己イメージを逆手に取った役に、大いに乗った。「人間は一面だけじゃなくて、二面も三面もある多面体。優里が変わっていくことに失望し、困惑し、少しずつ憎しみが生まれる。その感情の流れをお芝居にしていくのは、難しさより、とてつもないやりがいでした。頭でっかちに考えない、岸井さんとのお芝居を、見て感じたまましゃべる。感情を大事にしようと思って。現場でもおちゃらけは抑えて、空き時間も作品に向き合う時間を増やして臨めた作品でした」
 
素直で控えめだった優里は高慢な性格を表し、踏みつけにされた田母神の怒りが爆発。路上で突然キレる場面は、見ていてギョッとする迫力だ。「失望から憎しみに変わった瞬間があれで、すべてに対して切れてしまう」。岸井の急変ぶりもすさまじく、見ている方も、これなら切れるわ、と半ば納得。「ですよね、イライラしますよねえ。だからあそこは演技じゃなくて、ほんとにいらついて、変な声が出ちゃいました」
 

肥大化する承認欲求鋭くえぐり

映画の背景には、SNSに振り回される現代の闇がある。「優里みたいな子、いてほしくないけど、実際にいそうですよね。SNSが進化して、承認欲求が大きくなっていると思う。『いいね』ボタンがあるし、動画再生回数も数字で出る。なんで自分のは見てくれないんだ、興味を持たせてやるという欲が、どうしても生まれる。だからこそユーチューブやってる人がこんなにも多いし、見る人も多いんでしょう」
 
吉田恵輔監督のオリジナル脚本は、冷徹なまでの人間洞察がさえている。「脚本を読んで、人の愚かさ、欲深さ、見抜いてるなと思いましたね。客観的でかつ、すごい角度で。おかしくて、悲しくて、愚かで。それでも最終的には救いも残してくれている。人は変わるだけでなく、元に戻れるかもしれないと。分かりやすく描いてはいないですけど」
 

覚悟と努力が不足していた下積み時代

これが2作目の主演作。46歳にして伸び盛り。難関大学を中退して20歳前に俳優の世界に飛び込んだものの、認められたのは30代後半。長い下積み時代を、こう振り返る。
 
「苦労というより、覚悟と努力が不足していた。運がないとか時代のせいだとか、言いわけを作って、ただただ過ごしてた。そんな人間に、誰も見向きもしないですよね。役をあげたいって思う人もいなかったろうと、30代後半になって気付くんです。20代では、もっとできるはずだ、誰か一人に見いだしてもらえれば、みんな分かってくれると、勝手に思い込んでいた」
 
それでもその間、別の道を選ぼうとは思わなかった。「一つだけいいところがあったとしたら、やめようと思わなかったこと。意地ですね。1浪して入った大学をやめてこの世界に進もうと思った時に、2カ月、毎日考えて考えて、『ほんとにやるでいいのね、何でやるんだ?』と自問自答を繰り返したんですよ。最後に『そこまでやるっていうんだったら、やらせてあげます』と自分に許した。しっかり考えて決めたので、努力と覚悟は不足してても、意地はどんどん強くなりました。絶対成功してやる、ご飯が食べられる役者にまで引き上げてやる、そこまで自分を連れてってやると。そして野心だと思います。『やりたい』という『たい』をずっと大事に取っておいた」


 

「気持ちいい」を得るまで8年かかった

俳優に憧れて養成所に入ったものの、喜びを見いだせないまま時が過ぎる。「演じる気持ちよさを知るまで、8年ぐらいかかってるんですよ。26歳後半の舞台で初めて、自分の間で、自分の言い方で客席に笑いが生まれた時に、これだと思ったんです。その景色を見たときに、これがやりたかったんだと。その体験を10に、100に、1000にしたいと思った。0から1までが長かった。あのブワーッとする感覚が、ムチャすればまた得られるんじゃないかと思って頑張れてるとこはあるかもしれないです」
 
2005年に映画「サマータイムマシン・ブルース」に出演したのが29歳。徐々に役も大きくなり、21年「マイ・ダディ」で初主演し、今回はさらに役を広げた。今の自分を駆り立てるのは「かっこつけなんですよ」。
 
「自分の表現欲だけでがんばろうとしても、どっかで薄れてくる。ご飯を食べられるようになったし、家族もいない。かっこつけが、創作意欲や人の前に立つ欲を保ち、新しくしている」。少しでもよく見られたい、好かれたい。飾らず率直に本心を明かす。
 

〝かっこつけ〟をモチベーションに

コロナ禍で、そのかっこつけに新たな意味も加わったようだ。「特にこの2、3年は、楽しそうにしてる姿を多く見せたいと思っています。ぼくたちは平和に過ごしてきたし、マスクなし、大人数でどんちゃん騒ぎもできた。それが、その存在も知らないかもしれない子どもたちがいる時に、少しでも前例を作っていきたい」
 
前例? 「ロールモデルって言うと、成功例に聞こえるんですけど、前例は、いい例としてマネすることもできるし、悪い例として、アレはダメだねという消去法の一つとして使ってもらえる。一つ消えれば、成功する確率がほんの少しでも上がるかもしれない。そんな前例を作りたい」
 
そしてそれは、俳優としての意欲ともなる。「役者としての評価がほしくなっている自分もいますよ。『そんなものいらない』っていうかっこつけの方に行きたかったんですけど、ほしがってる自分も認めてあげたい。作品を背負わせてもらっているのだから、評価はもらわなきゃいけないのかなとも思い始めています」
 
それにしても、とことん前向きですね。「ハハハ、前向くしかないってのもありますけどね。後ろは、家に帰って向いてます」。こちらが元気をもらいました。

6月24日公開。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

猪飼健史

いかい・けんじ 毎日新聞写真部カメラマン