2024年を代表する映画、俳優を選ぶ「第79回毎日映画コンクール」。時代に合わせて選考方法や賞をリニューアルし、新たな一歩を踏み出します。選考経過から受賞者インタビューまで、ひとシネマがお伝えします。
第79回毎日映画コンクールで大藤信郎賞を受賞した「私は、私と、私が、私を、」の伊藤里菜監督=内藤絵美撮影
2025.2.06
毎日映画コンクール大藤信郎賞 「整形する自分」の心境と主観 重層的に 伊藤里菜監督
受賞作は東京造形大の卒業制作。アニメーション部門に集まった長短41作には、大ヒットした商業映画も著名なアニメ作家の作品もあったが、「将来性と斬新さ」で賞を射止めた。学生のコンテストなどでの受賞はあったものの、伝統ある大藤信郎賞には「全く思ってなくて『ウソ!』とびっくりした」と喜んだ。
元々は漫画家志望で、高校時代から描き続けている。進路に悩んでいた時に「指定校推薦で美大に行けるなら」と進学先を選んだ。「絶対アニメ作るぞ、という意識はなかったし、入学後も課題そっちのけで漫画を描いていました」と告白。「大学の授業でアニメの面白さを知って、卒業制作も作らなきゃ、と取り組んだ。完成させてから、アニメ面白いかもと思いました」。いわば〝第2希望〟で才能が開花した。
もっと別の、正しい形があるのでは
「私は、私と、私が、私を、」は、自身の整形体験を基にした。「毎日なんとなく鏡を見るうちに、ここなんか違う、このパーツは自分じゃない、もっと別の正しい形があるはずでは、という感覚を覚える時があって、それが整形のきっかけになったりする」。そこに至る心の動きや自己像と現実の違和感を、アニメならではの技法で表現した。心情的セルフドキュメンタリーだ。
作品の中で主人公は、奇妙なものに変容し、皮を何枚むいても元に戻らない。整形手術を受ける間に、幼いころ見た風景や心情が脈絡なく現れる。錯綜(さくそう)するイメージには、二つの声で全く内容の違うナレーションが重なる。実写の映像をなぞるロトスコープを使った主人公の動き、コンピューターソフトで加工した映像、自身が子供のころに描いた絵、抽象的でサイケデリックな色彩の渦など、イメージは自由に膨らみ変容し、映像と音声が重層的に融合した作品となった。「4年生を2回やって、2年がかり」の労作だった。
カテゴリー化される〝整形してる人〟
「自己像と他者が自分に抱く像の差異」がテーマとなった。他者が、自分を〝カテゴリー化〟して理解しようとすることへの違和感。「〝整形してる人〟というカテゴリーなら、過去に大きなトラウマがあるとか家庭環境が良くないとか。でも自分は、そんなことは全然ない。その差を感じることが多くて、テーマにしたら面白いかなと」
「整形をテーマにしていても、それ自体がいいとか悪いとか問うつもりはなくて、自分自身の状況そのものを形にして残しておきたかった。見た人に、そういう人もいると認識してもらうことが大事だった」
「私は、私と、私が、私を、」© Rina ITO 2024
アニメの可能性、自分の作風で
物語性より、いくつもの手法を組み合わせた表現を重視した。「もともと現代美術が好き。映像として完結させるより、アニメーションを使ったインスタレーションがやりたかった」。特に、ナレーションが独特だ。まず、自分の日記を基に考えた文章を映像に乗せていったん完成。その後でナレーションを抜いた映像を、内容を知らない友人に見せ、主人公になりきって日記を書いてもらう。それを基に別の文章を作り、完成形に重ねるという手間をかけた。
「人の中には複数の〝自分〟がいるし、さらに他者の目線も加わる。自分ではこうだと思っていても、他者が勝手に推測して、そうじゃないと言われてしまう。自分と相手の間にあるものを、表現として残しておきたかった」
「アニメはこれで終わり、漫画一筋と思っていました」というが、思いがけぬ受賞で「選択肢が増えた」。アニメーション表現の可能性も改めて感じている。「物を作るのが本当に好き。漫画もアニメーションも、自分がやったことが形として残るのが面白い。自分の作風で作れるのなら、作り続けたい」