第79回毎日映画コンクールでドキュメンタリー映画賞を受賞した「映画〇月〇日、区長になる女。」のペヤンヌマキ監督

第79回毎日映画コンクールでドキュメンタリー映画賞を受賞した「映画〇月〇日、区長になる女。」のペヤンヌマキ監督=内藤絵美撮影

2025.2.07

杉並区長選 草の根候補の劇的勝利の内幕「政治は〝自分事〟」ペヤンヌマキ監督 「映画 〇月〇日、区長になる女。」

2024年を代表する映画、俳優を選ぶ「第79回毎日映画コンクール」。時代に合わせて選考方法や賞をリニューアルし、新たな一歩を踏み出します。選考経過から受賞者インタビューまで、ひとシネマがお伝えします。

筆者:

勝田友巳

勝田友巳

撮影:

ひとしねま

内藤絵美

2022年6月の杉並区長選で、新人の岸本聡子が無所属の現職区長を187票差で破る劇的当選を果たした。「映画 〇月〇日、区長になる女。」は、その岸本陣営の選挙戦を追ったドキュメンタリーである。政治への関心が薄かったペヤンヌマキ監督が、政治を「自分事」としていく過程のドラマチックな記録でもある。「受賞をきっかけに、見てもらう可能性が広がったのがうれしい」。〝凱旋(がいせん)上映〟も始まる。


道路計画でアパート立ち退き⁉

ペヤンヌマキ監督は、劇作家・演出家。長く杉並区に住んでいたものの、政治とは無縁だった。杉並区は自民党が強い地盤を築き保守区長の再選が続いていた一方、市民運動も盛んで市民団体が対抗候補を擁立。21年の衆院選では区の大部分を含む東京8区で、立憲民主の新人、吉田晴美が自民・現職の石原伸晃を破って当選し、熱気が蓄えられていた。ペヤンヌマキはそうした動きを知ってはいたが、強い関心を持ってはいなかったという。「前回の区長選では現職に入れたかも。無関心って怖いですね」と振り返る。

それが、住んでいたアパートが道路拡張予定地に含まれ、立ち退き対象になっていると知って驚き、区政について調べ始めた。岸本のつじ立ち演説を聞いたことがきっかけで、区内の市民団体の選挙を手伝うことになる。「暮らしを守りたくて。最初は映画にしようという感じではなく、投票率を上げたかった」。18年の区長選の投票率は、32.01%。「これでは現職が組織票で勝っちゃう。最初はビラ配りでも何でもと思ったけど、私にできることを考えた時に、作品を作って発表する仕事をしてきたので、生かせるのは映像かなと思って、ユーチューブでアップすることを思いついて撮り始めました」


「映画 ◯月◯日、区長になる女。」©︎ 映画 ◯月◯日、区長になる女。製作委員会

「NGなし」の密着取材

岸本は「NGなし」と密着取材を快諾。告示前になって公約を巡って支持団体内部で意見が割れるなど、市民団体ならではの〝手作り感〟も映し出す。「撮り始めたら、すごく面白かった。選挙に集まってくる人はいろんな思いを抱えている。そこに人間模様があるし、候補者にいろんなダメ出しもする。岸本さんと支援者がぶつかり合う場面が撮れた時に、これは映画としてまとめたいと思いました」

投票まで、岸本を追った10分ほどの動画を9本もアップ。「撮影して編集してで、寝る間もない。ショート動画ではなく短いドキュメンタリーとして作りました」。当時は昨今の選挙ほどSNSの影響が大きくなく「1000回再生されたら『やった!』という感じ」だったというが、動画を見て応援に来たという人もいた。「187票差の劇的な勝利で、運動した一人一人の行動が全部無駄じゃなかった。私の動画も、ちょっとは役に立ったのかなと」


一市民としての視点忘れず

心がけたのは「一市民としての視点」だった。旧知の映像制作会社代表、松尾雅人プロデューサーから「客観的じゃなく、自分の視点でそのまま撮ったほうがいい。その時々の自分の気持ちも、撮影しておいた方がいい」とアドバイスを受けた。監督も「それがすごく効いてます。選挙を追うだけなら、ジャーナリズムでいい。でも選挙を身近に感じてもらうには、自分の生活が奪われるという危機感を、見た人に体験してほしかった」。岸本や支援者だけでなく、自身の心情を吐露した場面も挿入した。

岸本当選の盛り上がりを受けて、続く区議選では岸本を応援した女性たちが大量当選、男女同等のパリテ議会が実現した。自身も立候補を本気で考えたという。岸本区長の任期は後半にさしかかり、次の選挙も視野に入る。「岸本さんは対話の区政を掲げて、住民の意見を聞く場をたくさん作った。良くも悪くも、杉並区は変わったと思う。女性議員が増えて議会の景色が一変したけれど、その反動も大きい。議会自体がエキサイティングになって、居眠りどころじゃない。傍聴人も増えたし、若い人の傍聴ツアーも現れた」。区長選では元職が返り咲きを狙っているようだが、岸本は「政権交代は欧州では当たり前」と構えているとか。


半径10メートルが世界につながる

選挙戦を体験して、ペヤンヌマキ監督自身も大きく変わった。「生活を守りたいと行動したことが、選挙とか政治につながった。生活の延長線上に選挙とか政治がある、半径10メートルの出来事が国や世界につながっているんだと」。公開後、口コミで評判が広がり、当初都内1館だけの上映から全国40カ所に拡大。自主上映会も70件を超えたという。

区政の状況は折に触れ記録し、女性議員たちの活動も追っている。「この作品は、かつての私のように選挙に興味がないとか、投票に行ったことがないという人に見てほしい。見た人に〝自分事〟にしてもらえる自信はあるけれど、見てもらうまでのハードルが高いです。歴史ある賞をいただいたことで、多くの人たちが見る機会が広がりそうなのが、すごくうれしい」

毎日映コン・ドキュメンタリー映画賞受賞記念アンコール上映は2月8日、東京・ポレポレ東中野を皮切りに、広島・横川シネマ▽大阪・シアターセブン東京・シネマ・チュプキ・タバタ鹿児島・ガーデンズシネマ神戸・元町映画館札幌・シアターキノ京都・京都シネマ愛知・ナゴヤキネマ・ノイ長野・長野相生座・ロキシー神奈川・小田原シネマ館――で順次予定している。 

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