第79回毎日映画コンクールで日本映画大賞など3賞を受賞した「夜明けのすべて」の三宅唱監督

第79回毎日映画コンクールで日本映画大賞など3賞を受賞した「夜明けのすべて」の三宅唱監督=藤井達也撮影

2025.1.19

毎日映画コンクール3冠「夜明けのすべて」 「作品が愛されたことはうれしい。でも監督賞は……」 三宅唱監督

2024年を代表する映画、俳優を選ぶ「第79回毎日映画コンクール」。時代に合わせて選考方法や賞をリニューアルし、新たな一歩を踏み出します。選考経過から受賞者インタビューまで、ひとシネマがお伝えします。

筆者:

勝田友巳

勝田友巳

撮影:

ひとしねま

藤井達也

「夜明けのすべて」は日本映画大賞、監督賞、TSUTAYA DISCAS映画ファン賞と3冠。選考委員から「分断と対立が広がる世界に、緩やかな連帯による共生の可能性を示した」と絶賛され、2024年を象徴する一作となった。前作「ケイコ 目を澄ませて」(22年)に続き、2作連続で日本映画大賞、監督賞の快挙。各地の国際映画祭でも引っ張りだこ、日本を代表する監督の一人となった、三宅唱監督である。


スタッフ、俳優陣に感謝

「作品を評価されたのはとてもうれしい。すばらしい俳優、スタッフ、プロデューサーと真剣に作った作品が、多くの人に届いて愛されたということ」と素直に喜びを口にした。しかし「でも監督賞は……、分かんないですね」と言いよどむ。というのも、今回の撮影初日、助監督から「あんな監督、見たことないです」と言われたほど、悩んだのだという。

「カット割りが分かんなくて、青ざめてました」。撮影初日は松村北斗演じる山添が、精神科の診察を受ける場面。診察室の造りが普通の病院と違って、どう撮ったものかと考えあぐねていたそうだ。「スタッフや俳優はしょっちゅう現場に入っていても、監督が『ヨーイ、ハイ』と言うのは1年に1回あるかどうか。カメラ回るのは、ヨーイの前だっけ後だっけ、という感じですよ」と苦笑い。

もっとも、そこを乗り越えたら調子を取り戻した。「撮影の月永雄太さんが落ち着いてリードしてくれるし、俳優たちはしっかり準備してくれた。シナリオが形になっていくのを落ち着いて見られるようになって、素直に映画作りを楽しめました」。監督賞も、彼らのおかげというわけである。


「夜明けのすべて」 ©瀬尾まいこ/2024 「夜明けのすべて」製作委員会


監督賞の半分は上白石萌音に

映画は瀬尾まいこの同名小説が原作。月経前症候群(PMS)の藤沢とパニック障害の山添が科学教材を扱う栗田科学の社員として出会い、互いの病気を知って助け合い、周囲の人たちの協力も得ながら生活と仕事の場を見つけていく。松村北斗、上白石萌音の主役2人には大いに助けられたという。「話し合う時間をたくさんもらいました。2人がキャラクターを血肉にして、実在する人間としてくれたから見えてきたものがあって、映画は豊かになった」

上白石は、三宅監督が「監督賞の半分以上は、この人のもの」というほど深く関わった。「そもそも彼女の存在がなければ、この映画は生まれていなかった。彼女が小説のファンで、瀬尾さんとの対談で、藤沢さんは上白石さんでと話が出たし、準備段階のシナリオを元に上白石さんと対話する中で原作を深く知ることができた。主演というより、映画化する同じ立場として意見を交わしました」。松村も出演が決まってから髪を伸ばし、現場に現れた。「時間のかかることで、プロフェッショナル」と称賛する。


映画は思考実験 可能性を試すもの

瀬尾の小説の魅力は「藤沢と山添のキャラクターの面白さ。疾病を抱えてるからではなくて、アクションを起こすところ。2人は、ああしたらいい、こうしたらいいかもと自ら動く人物なんです。それが時に、間違ってたりするところもチャーミング。この2人を好きだと思ったし、自分には描けない。映画としても豊かになりそうだと興味を持ちました」。

生きにくさを抱える藤沢と山添ばかりでなく、栗田科学の社員たちもそれぞれに悩みや心の傷を持っている。近すぎず遠すぎない距離を保って見守り合い、支え合う。映画は処方箋を提示するのではなく、可能性を差し出すのである。「PMSとパニック障害は別のものだし症状も人それぞれ。ただ2人に共通するのは、思うように働けなくなって悩んでいること。病気は医学が対応するけれど、働けないのは社会の問題。それなら映画で扱える。どうすれば幸せに働けるかを考えていく話になる」

「映画には、社会は今こうなっていますと見せるドキュメンタリーの力がある。一方で、こうしたらこうなるのではと、思考実験するのはフィクションの力だと思うんです。『夜明けのすべて』はその力を信じて、こうすれば人間関係がよくなるかもしれないと試すことが狙いかなと思っています」


普段見られない風景を映画館で

本作に限らず「いつも見ていないものを映画館で見る充実感が、映画の喜び」と話す。それは壮大なスペースオペラでも、片隅の人々の生活と心情でもいい。「『夜明けのすべて』の主人公は、最初は自分の問題に悩んでいる。でも、会社で同僚と出会ったり町の風景を見たり、宇宙の星を見上げたりするうちに、どんどん外の世界に気づいていく。16ミリフィルムを使ったのも、観客があまり目にすることのない映像を映画館で見ることで、彼らと同じような、普段と違う体験ができると思ったから」

映画監督としての姿勢も、根っこは同じ。「知ってるものは面白くないし、わざわざ撮らない。それは単純に、小さいころに映画館で、こんな世界があるのかとワクワクしたのと変わらない。現場でカメラを置いた場所から、知らないもの、新しいものが見えてくるのは、映画を見る喜びと一緒だと思う」

スタッフと挑戦、ブラッシュアップ

「決まったことの繰り返しより、新しいチャレンジを」。同じ思いをスタッフも共有しているという。録音の川井崇満、音楽のHi‘Specら三宅組の常連と、新しいスタッフの混合編成。「いつものスタッフも、毎回新しいことを模索しています」。ただ、今回初めて組んだ音響効果の岡瀬晶彦は、映画の完成後、亡くなった。是枝裕和監督作品などを手がけ、一線で活躍中だった。「組めたのが光栄で、この後も続けたいと思ったのに、残念でした」

「今回改めて、自分が撮れる映画の面白さが分かった気がします。以前はスタイルを変えて、カメラ5台で撮影、とか思っていました。でも手当たり次第に試すより、やれること、やるべきことをブラッシュアップして高めていきたい。映画館でかけるための映画を作っていきたい」。次回作の撮影も迫っている。

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