「トップガン マーヴェリック」のプレミアに現れたトム・クルーズ=ロイター
5月17〜28日に南フランスで開催された第75回カンヌ国際映画祭が閉幕した。コロナ禍によって2020年は開催を断念、21年は2カ月延期して7月に開催されたので、通常の5月開催は3年ぶりとなる。フランスでは映画祭開催直前に、マスク着用義務が解除されたこともあり、一見するとコロナ前に戻ったような錯覚に陥る。映画祭の総代表であるティエリー・フレモーが、各会場でのあいさつの際など折に触れ「コロナに打ち勝った」ことを強調し、「映画は決して死なない」と宣言していたことも印象深い。
ウクライナ侵攻に抗議して、活動家がレッドカーペットに乱入する一幕も=ロイター
ウクライナ侵攻への抗議も活発
トム・クルーズ主演の大ヒット作の続編「トップ・ガン マーヴェリック」やバズ・ラーマン監督による伝説のロックスターの伝記映画「エルヴィス」などのハリウッド大作が華々しくプレミアを行う一方で、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、政治的なパフォーマンスも目立った。
開会式ではウクライナのゼレンスキー大統領がオンラインで登場し、演説。ウクライナ支援を求めた。ウクライナでドキュメンタリーを撮影中にロシア軍に殺害されたリトアニア人のマンタス・クベダラビチュス監督の遺作「マリウポリス2」が特別上映され、レッドカーペットではロシアのウクライナ侵攻に対する抗議パフォーマンスも行われた。また、75周年を記念し、映画祭中盤には約120人の俳優や監督らが参加したセレモニーも開催された。
パルム・ドールを受賞した「トライアングル・オブ・サッドネス」のリューベン・オストルンド監督(中央)=ロイター
独創性で群抜いたパルム・ドール作品
華やかさを取り戻した映画祭のコンペに選出された21作品の中で、パルム・ドール(最高賞)に輝いたのはスウェーデンのリューベン・オストルンド監督の「トライアングル・オブ・サッドネス」である。同監督は、17年の「ザ・スクエア 思いやりの聖域」に続き、2作連続で2度目の同賞受賞となる。「トライアングル・オブ・サッドネス」は、富裕層向けのクルーズ船が遭難し、島に漂着した人々たちの間で起こるヒエラルキーの逆転を描く風刺コメディー。
資本主義、ルッキズムに対する痛烈な批判、極限状態での人の行動心理、さらに前作にも通じる独特で過激なコメディー要素がこれでもかというほどに詰め込まれたパワフルな作品だ。プレススクリーニングでは、冒頭から最後まで常に笑いと拍手が起こるほど会場が沸いた。家族(疑似家族を含む)や移民問題などをテーマとした良作が多かったコンペ作品にあって、オリジナリティーでは群を抜いて目立っていた。
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〝カンヌ育ち〟受賞続々
前作「Girl/ガール」が「ある視点」部門に出品され、カメラドール(新人監督賞)を受賞したベルギーのルーカス・ドン監督のジュブナイル映画「クロース」は長編2作目にしてグランプリを受賞(クレール・ドゥニ監督の「スターズ・アット・ヌーン」と同時)、前作「ボーダー 二つの世界」が「ある視点」部門グランプリを受賞したイラン系デンマーク人のアリ・アッバシ監督のサスペンス「ホーリー・スパイダー」は主演のザール・アミール・エブラヒミが女優賞を受賞。〝カンヌ育ち〟の活躍が目立ったのも、若手才能の発掘・育成を重要視するカンヌらしい。
日本勢は、是枝裕和監督が韓国のキャスト、スタッフで撮った「ベイビー・ブローカー」が男優賞(ソン・ガンホ)、エキュメニカル審査員賞(独立組織による賞)の2冠に、初長編ながら「ある視点」部門に「PLAN 75」が選出された早川千絵監督がカメラドール(新人監督賞)スペシャルメンションに輝いた。
インタビュー:カンヌが認めた「PLAN 75」早川千絵監督
「ベイビー・ブローカー」は、なんらかの理由で子どもを育てられない親が預ける、いわゆる〝赤ちゃんポスト〟を題材にした作品だ。映画祭などで出会ったソン・ガンホ、カン・ドンウォン、「空気人形」(09年)でも仕事をしたペ・ドゥナら韓国の俳優たちと仕事をしよう、という話が結びついて韓国で製作となった。
「ベイビー・ブローカー」のソン・ガンホは韓国人初の男優賞=2022 Getty Images
命の礼賛伝わった是枝監督作
カンヌで審査員賞を受賞した「そして父になる」(13年)、パルム・ドールを受賞した「万引き家族」(18年)とともに〝親になること〟に関する3部作とも捉えられる。是枝監督の持ち味ともいえる弱者への温かいまなざしは健在だが、本作では主人公たちが〝赤ちゃんの売買〟という重罪に関わっていることから、この作品をどう捉えてよいかわからず、戸惑っているというジャーナリストの声も聞かれた。しかしながら、キリスト教系の団体が「人間の内面を豊かに描いた作品」に贈るエキュメニカル審査員賞に選出したことから見ても、大半の人には、あらゆる生まれてくる命への礼賛というこの作品の核心が伝わったのではないか。
「PLAN 75」は、「75歳になると自ら安楽死を選択できる制度」が施行された社会を舞台に、命の意味を問う社会派ドラマ。カメラドールの審査員である俳優ロッシ・デ・パルマが「今の時代に必要な映画」と評したように、高齢化社会における晩年の生き方は世界的な関心事だ。長編デビュー作ながら、重いテーマを真摯(しんし)なまなざしで力強く描ききった早川監督には、早くも次作のコンペ部門昇格への期待がかかっている。
「別れる決心」で監督賞を受賞したパク・チャヌク監督=ロイター
力強さ群抜く韓国勢
しかしながら、アジア勢としては日本勢よりさらに目立っていたのが韓国である。下馬評では最も高評価だったパク・チャヌク監督は、アーティスティックな表現力がさえるラブサスペンス「別れる決心」で監督賞を受賞。前述のソン・ガンホは韓国人俳優としては初の男優賞受賞となった。
「ベイビー・ブローカー」「別れる決心」とも、19年のパルム・ドール受賞作であるポン・ジュノ監督の「パラサイト 半地下の家族」と同じCJエンターテインメントが製作している。2作品の公式上映には同グループの副会長であり、ポン・ジュノの育ての親でもある韓国系アメリカ人の映画プロデューサー、ミキー・リーも出席していたが、確実に存在感を増している韓国映画の力強さは決して偶然ではない。