6月4日都内にて 撮影:前田梨里子

6月4日都内にて 撮影:前田梨里子

2022.7.04

女優・吉岡里帆が生き抜いた、沖縄戦 「島守の塔」に注がれたエネルギーの源をのぞく

第二次世界大戦中の最後の官選沖縄知事・島田叡、警察部長・荒井退造を主人公とした「島守の塔」(毎日新聞社など製作委員会)が公開される(シネスイッチ銀座公開中、8月5日より栃木、兵庫、沖縄、他全国順次公開)。終戦から77年、沖縄返還から50年。日本の戦争体験者が減りつつある一方で、ウクライナでの戦争は毎日のように報じられている。島田が残した「生きろ」のメッセージは、今どう受け止められるのか。「島守の塔」を通して、ひとシネマ流に戦争を考える。

勝田友巳

勝田友巳

吉岡里帆・29歳が学び、伝える「戦争と向き合う」意味

「島守の塔」で、島田叡知事付となった筋金入りの軍国少女、比嘉凜を演じたのは、吉岡里帆。1993年生まれで戦争とは無縁の世代。出演をきっかけに「何も知らなかった」という沖縄戦について学び、知ることの大切さを感じたという。


 

戦時教育を信じ前進を続けた、皮肉な生き方

凜は、戦時教育で植え付けられた忠君報国の教えを疑わず、神風が吹くと信じている。まなじりを決して「お国のために」と繰り返す。「捕虜になったら自決する」「一人十殺の覚悟で戦う」と勇ましく、「自ら信じる正義のために殉じることは、最も正しい生き方です」と断言する。五十嵐匠監督からは「教育されたことを信じ切っていて、周りから見たら怖いくらいに演じてほしい」と求められた。
 
「子どもの時から好きなことをして、何を信じるかは自分で選びなさいと言われて育った身からは、教育の中で植え付けられた凜の生き方は悲しく映りました」。そしてその狂信が、生きる力だったのかもしれないとも。「この時代の人たちにとっては、生きるために必要な〝軸〟ではないかとも思いました。皮肉な意味でですが」。凜は空襲で家族を亡くしても、国を信じる気持ちは揺るがないのだ。
 
「その軸があるから、こんなに怖い戦争が起こっていても、家族がみんな亡くなっても、やるべき事がまだ残されていると思って、それで生きる。人は教育によって、戦争に対して、こんなに前のめりになってしまう。監督からはそういう部分を担ってほしいと言われたので、そこは意識していました」
 
凜は知事付となって島田叡と身近に接するが、「命を大切にしろ」という島田の言葉を受け入れられない。「そういう人間だから島田に出会っても、はじめは理解できず、拒絶してしまう……。でもどこかで本能的に、自分の生をもう一度見直すようになります。島田が残した言葉の力強さみたいなものを、凜を通じて伝えられたらと思いました」

 

戸惑いながらも、生き抜いたから分かること

いよいよ沖縄陥落が間近になり、死を覚悟した島田は凜に「家に帰れ」と命じるが、はじめ凜は頑として受け入れない。「お国のために死ぬと、教えられてきた」と言い張るが、島田は「生きろ、生きて家に帰るんや!」と突き放す。
 
「凜のモデルになった方の書籍を読むと、島田に言われたことが何年も腑(ふ)に落ちなかったと書かれていました。自分は国のために命を投げ出して戦っているのに、どうして帰れと言うのか、言われた瞬間は傷ついたと。それが年々、分かっていったそうです。戸惑いが何年もあったんでしょう。生きられてよかったですが、違う人生にシフトしていったことを考えると心苦しくなりますね」
 
映画の最後に、香川京子演じる年老いた凜が沖縄の島守の塔を訪れて「長官、私、生きましたよ」と手を合わせる。「あの年齢になってからというのも、私はこの映画のポイントだなと思っていて。もっと早く来られたはずなのに、葛藤があったのではないかなと」
 
「映画に描かれるのは現実に起きたとは思えない悲惨なことばかりで、私は勉強して想像するしかない。経験していない自分がどう演じるかを考えた時に、強いエネルギーを注がないと表現しきれないと思いました」
 
戦争については「知らないことばかりで、恥ずかしかった」という。出演にあたって資料に当たり、沖縄に残るガマも見学した。

 

役目は、現実から目を背けずに学び伝えること

「映画の中で、新聞を配達に来た少年が、島田さんに『戦争が終わったら勉強できますか』と聞くシーンが心に残っています。戦争が終わるまで自分のやりたいことができない、絶望的で、残酷な時代だった。ガマでは言葉で言い表せないぐらい空気が違うことを感じました。怖かったし、何千人もが亡くなったことを考えれば目を背けたくなる悲しい光景だけれど、背けちゃいけないんだなと。私は戦争を知りませんし、偶然この作品で呼ばれましたが、知らない世代の人間だからこそ真実を受けとめて、自分の中で咀嚼(そしゃく)する意義を感じました」
 
映画には、戦火の下で新聞発行を続ける記者の姿も描かれる。若い記者は軍の発表がウソだと知りながら、日本軍の〝戦果〟を報じる記事を書かされる。
 
「あんな状況で新聞が発行されていたことに驚きましたし、軍の偉い人も、情報を新聞から得ていたということにもびっくりした。記者たちの、正しいニュースを伝えられない悔しさも描かれています。今は、たくさんの情報を受け取れる時代になった。だからこそ、発信する側も受け取る側も、何が正しくて何が正しくないか、きちんと取捨選択しなくてはいけないと思います」
 
「毎年のように戦争の映画が作られているけれど、歴史をちゃんと届けるためにも大事なことではないでしょうか」。沖縄返還から50年の節目で、ウクライナでの戦争が連日報じられる中での公開となった。
 
「演じながらも理解できないことばかりだった。でもだからこそ、知ることが大事だと改めて思いました。とにかく、目を背けないでほしい。こんなに苦しんだ人がいる、戦争はよくないと伝えたい。戦争で生きられなかった人の思いを、命の大切さを、今生きている人たちに届けたいと思います」

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

前田梨里子

毎日新聞写真部カメラマン