「川っぺりムコリッタ」© 2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会

「川っぺりムコリッタ」© 2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会

2022.9.16

この1本:「川っぺりムコリッタ」 夏の日差しと死の影と

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)。

「かもめ食堂」や「めがね」で、荻上直子監督は世知辛い日常のエアポケットのような場所を、映画の中に作りだしてきた。優しく、でも押しつけがましくない人たちが迎えてくれる居心地の良い安全地帯。前作「彼らが本気で編むときは、」では、安全地帯の平穏を脅かす世間にあらがい、今作では取り残されたような場所で肩を寄せ合う人々を描く。

刑務所から出た山田(松山ケンイチ)は、海辺の小さな町にたどり着く。イカの塩辛工場で働き、古い集合住宅「ハイツムコリッタ」で暮らし始めた。

ムコリッタの風変わりな住人たちによるオフビートな笑いは、脱力系の荻上世界。とりわけ、ずうずうしく山田の家に上がり込み、勝手に風呂に入りご飯をおかわりする隣人の島田(ムロツヨシ)は、この映画の陰の主役的存在だ。他人との関わりを避ける山田を引っかき回す。

おいしそうな食事も、荻上作品にはおなじみだ。といって特別なごちそうはなく、炊きたてのご飯とみそ汁、庭で取れた野菜、それに塩辛。ポリポリと小気味よい音を立て、湯気の立つ白米をほおばる2人に、思わずおなかが鳴りそうだ。

しかし本作には深い陰影がある。ハイツの住人たちが、みな死の影を負っている。山田の野垂れ死にした父親、夫の遺骨をかじる大家の南(満島ひかり)。子連れで墓石を売る溝口(吉岡秀隆)。島田にも、暗い過去があるようだ。生命力あふれる夏の日差しと死の影が、濃い対照となる。生きる意味を見失い、抜け殻のようだった山田は、ハイツの変人たちと暮らすうちに、日々をきちんと生きることに小さな幸せを見つけてゆく。生と死のあわいにいた山田が光に向かって一歩を踏み出す姿に、こちらも元気づけられる。

2時間。東京・TOHOシネマズ日本橋、大阪ステーションシティシネマほか。(勝)

ここに注目

ほのぼのとした物語かと思って見始めたらそうでもない。登場人物それぞれがぎりぎりのところで生きているような危うさがあり、ふとしたきっかけでとても嫌なことが起こりそうな不穏さがつきまとう。お湯をたっぷり張った湯船にどぶんとつかる心地よさや、炊飯器からあふれ出す湯気の香り、もぎたての不ぞろいな野菜のみずみずしさに安らぎやぬくもりを感じさせる一方で、そのすぐ隣にある、イカの内臓の生臭さや、川辺に捨てられたゴミの山、台風で流され人知れず死んでゆくホームレスの生活からも目を背けていない。(久)

技あり

CMの仕事が多い安藤広樹撮影監督が、定型でない感覚的な画(え)で撮る。導入部、鉄橋のある川を見せ、山田が電車を降りて塩辛工場に着くまでの情景が新鮮だ。山田が堤防下の電話ボックスで役所に電話し、父の死を知る場面。回線がつながると角度を変えアップに寄るが、作った拡散光で顔はよく見えず、手持ちで動きを追う。目線の先に堤防を歩く墓石屋の親子。画面から切れると反対に入り、受話器を雑に置き外でしゃがみ込む。全編でビームを使い、白くトビ気味の画で展開。山田を周囲が「ささやかな幸せ」に引き込むのが見える。(渡)

新着記事