第74回ベルリン国際映画祭を訪れた「Chime」の黒沢清監督(左)と「オーガスト・イン・ヘブン」の工藤梨穂監督=2024年2月20日、勝田友巳撮影

第74回ベルリン国際映画祭を訪れた「Chime」の黒沢清監督(左)と「オーガスト・イン・ヘブン」の工藤梨穂監督=2024年2月20日、勝田友巳撮影

2024.2.22

黒沢清監督も「可能性秘めている」 新しい映画の形「DVT」デビュー  第74回ベルリン国際映画祭

第74回ベルリン国際映画祭は、2月15~25日に開催。日本映画も数多く上映されます。戦火に囲まれた欧州で、近年ますます政治的色合いを強めているベルリンからの話題を、現地からお届けします。

勝田友巳

勝田友巳

第74回ベルリン国際映画祭には、日本発の新しい形の映画が上映された。「A KIND OF FREEDOM(ある種の自由)」と名付けられた2本立てで、黒沢清監督の「Chime」と工藤梨穂監督の「オーガスト・マイ・ヘヴン」だ。この2作、劇場公開でも動画配信サービスでも、DVDなどのパッケージでもなく、「デジタル・ビデオ・トレーディング(DVT)」という枠組みで作られた。クリエーターの自由を尊重し、消費される〝コンテンツ〟ではなく〝コレクション〟として扱う新たな試み。一体どんなものなのか?
 

収集品として映画をめでる

ベルリンには、話題作を上映するベルリナーレ・スペシャル部門での出品だった。「Chime」は45分、「オーガスト・マイ・ヘヴン」は40分という長さで、内容的には全く関係ない。ベルリンでは一つの上映枠で連続上映された。20日夜の公式上映は満席の盛況だった。
 
ベルリンの観客は、中編の映画作品として楽しんだことだろうが、この2本、流通の仕方が従来の映画とは全く違う。DVTとは「Roadstead」というインターネットのプラットフォーム上に作品を収蔵し、会員がオンラインで作品の視聴権を売買する仕組みだ。作品を購入して〝所有者〟となれば自由に鑑賞できるし、Roadstead上で会員同士の2次的な取引もできる。一方著作権は製作者にあり、すべての売買から製作者側に利益が還元される。作品のデータは暗号化されるため、ダウンロードや所有者によるコピーはできず、Roadstead上にだけ存在することになる。
 

濱口竜介監督と映画仲間

Roadsteadを運営する川村岬は、IT企業の経営者だ。プロデューサーとして支援する岡本英之とともに、濱口竜介監督と学生時代に映画を作った仲間という間柄。濱口が共同脚本、岡本がプロデューサーを務めた「スパイの妻」(黒沢清監督)で映画製作に参加し、映画界とつながった。従来の製作委員会方式や宣伝、配給の流れを見るうちに「映画にも多様な買い方、売り方があっていいのではないか」と考えるようになる。取引履歴の厳密な追跡が可能なブロックチェーンの技術を利用すれば、クリエーターにとって有益な仕組みが作れると構想したという。
 

第74回ベルリン国際映画祭でRoadsteadについて話す岡本英之(左)と川村岬

「動画配信サービスが隆盛となり、視聴者は作品を消費している。Roadsteadは消費ではなく所有する感覚」。作品の複製数も限定するから鑑賞機会は限られ、希少価値も生まれる。作品の所有者には転売益も期待できるが、むしろ「才能支援につながるといい」と考えている。「埋もれている才能を見つけて作品を購入することで、次の製作資金となり、支援することになる。持続可能な、新しい作品流通の形が提示できるのではないか」
 
とはいえ、映画製作は多額の資金が必要だ。不特定多数の観客を目指さず、製作費の回収はできるのだろうか。「マーケットは最初から世界。今回のように映画祭で上映されて情報が広がれば、世界のどこでもすぐに買ってもらえる」。世界的な知名度のある黒沢監督と新進の工藤監督の組み合わせは、自由な表現活動の象徴だ。DVTをどう活用するかはこれからという。「試行錯誤している状態だけれど、全く新しいことをやろうとしているから当然だと思う。観客との出会いも求めたいし、今回のような上映の反応も参考になる」
 

「正体不明」目指した

さて、では作る側はこの仕組みをどう捉えたのだろう。Roadsteadは資金を用意し監督に「自由に」と製作を依頼した。スタッフ編成や撮影などは一般の映画作りと同じだ。黒沢監督は「何をやってもいい」と参加を持ちかけられ、「そんな仕事はまず、ない。すぐにやると決めた」と明かす。目指したのは「正体不明の映画」だった。


 「Chime」©️2023 Roadstead

「ジャンル映画でもアート映画でもない、社会的な主張があるわけでもない。といって物語やドラマはあって普通の映画と似たところもある」。ストレスにさらされる料理教室の講師が殺人を犯す。動機や結果は描かない。「商業映画の〝面白くないけど必要〟というものはいらないと決めた」のも自由さのおかげ。「『なんだコレ、イヤな感じ』という感覚だけど、しばらくするともう1回見たくなるものを目指した」。まさにコレクターズアイテム。
 
「僕の映画は、みんなに見てもらうのではなく、気に入ってくれる人全員に見せたい。人数よりも本当に喜んでくれる人に届くのが理想」。Roadsteadの方向性と一致して、「実験ができるし自由もある。可能性を秘めていると思う」。
 

オールタイムベストを何度も見てほしい

工藤監督は「消費されない作品のあり方をオンラインで追求して、クリエーターに利益を還元するシステムは画期的だと思う」と話す。作品は3人の男女のロードムービーだ。「オリジナルの作品を自由に作れる条件は、誰にとっても魅力的」。満足のいく作品ができたようだ。
 

「オーガスト・マイ・ヘヴン」©️ Roadstead

商業デビュー作「裸足で鳴らしてみせろ」(21年)で映画界の新星として注目を集めているが、一般的な認知はこれからだ。「知名度はないから、作品が売れるのか不安はある。それでも私や出演者が好きという人に届けられるのはいいと思う。口コミで広がってくれれば」と期待する。「誰かにとってのオールタイムベストの作品を目指している。繰り返し見てほしいという思いはいつもあるから、Roadsteadと通じるかも」
 
もともと劇場で大勢と見るものだった〝映画〟と、観客を限定するRoadsteadの相性は未知数だ。しかし技術の進化によって映画の形は変わり続けている。今回のベルリンで名誉金熊賞を贈られたマーティン・スコセッシ監督も「技術を味方につけて、作品を消費するのではなく、一人一人の声を届けるべきだ」と訴えた。作り手と観客が新たな関係を築くことで、映画がさらに豊かになるかもしれない。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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  • 第74回ベルリン国際映画祭でRoadsteadについて話す岡本英之(左)と川村岬=2024年2月20日、勝田友巳撮影
  • 第74回ベルリン国際映画祭を訪れた「Chime」の黒沢清監督(左)と「オーガスト・イン・ヘヴン」の工藤梨穂監督=2024年2月20日、勝田友巳撮影
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