第74回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞し、トロフィーを手にする「ダホメ」のマティ・ディオップ監督=2024年2月24日、ロイター

第74回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞し、トロフィーを手にする「ダホメ」のマティ・ディオップ監督=2024年2月24日、ロイター

2024.2.26

金熊賞に「ダホメ」 対立、分断する世界に対話促す 第74回ベルリン国際映画祭

第74回ベルリン国際映画祭は、2月15~25日に開催。日本映画も数多く上映されます。戦火に囲まれた欧州で、近年ますます政治的色合いを強めているベルリンからの話題を、現地からお届けします。

勝田友巳

勝田友巳

第74回ベルリン国際映画祭(2月15~25日)は、最高賞の金熊賞にドキュメンタリー「ダホメ」(マティ・ディオップ監督)を選んで閉幕した。コンペティション部門20本の中には、突出した作品こそ見当たらなかったものの、世界各地からの多様な「声」が並んでいた。「政治的」と形容されてきたベルリンは、各地で紛争が続き分断と対立が深まる中で対話を促し、授賞結果はその象徴に見えた。
 

ウクライナ、ガザ地区……混迷映し

映画祭は開幕前からざわついていた。ドイツ国内では政府のイスラエル支援に反対の声が上がり、政党関係者を招くことが慣例となっていた開会式に、排外主義的な右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」を招待しないとの声明を直前に発表。会期中にはガザ地区の紛争に対応して「タイニーハウス(小さな家)」プロジェクトを実施。17~19日の3日間、会場近くに小屋を設置し、誰でも意見を交わすことができる場所として開放した。
 
授賞式が行われた24日は、ロシアのウクライナ侵攻からちょうど2年。5年の任期を終えて退任が決まっている映画祭代表のマリエッテ・リッセンビーク、芸術監督のカルロ・シャトリアンをはじめ、受賞者も口々に停戦を訴え、抑圧され、苦境にあえぐ人々への連帯を表明した。
 

植民地の埋もれた声を掘り起こす



「ダホメ」© Les Films du Bal - Fanta Sy

そうした中で見れば、「ダホメ」は今年の金熊賞にふさわしい。2021年、パリの博物館に収蔵されていたダホメ王国の文化遺産が、アフリカ・ベナンに返還される過程とその後を追う。略奪され1世紀以上の不在の後に戻ってきた文化遺産をどう扱うべきか、ベナンの大学生たちの討論を、美術品の彫像が独白する虚構の声を交えて構成した。植民地時代に失われた、言語を含めた文化の回復は可能か、美術館に収蔵することの意義といった議論を通して、帝国主義が現代に残した傷痕と、その修復の可能性を問い掛ける。セネガル系フランス人で女優としても活躍するマティ・ディオップ監督は「返還は正義の実現の第一歩だ」と訴えた。
 

「ぺぺ」© Monte & Culebra

最優秀監督賞の「ペペ」も、歴史に埋もれた声を伝えた。ドミニカ共和国のネルソン・カルロス・デ・ロス・サントス・アリアス監督は、アフリカから米大陸に連れてこられたカバが、人間に殺されるまでのてんまつを描く。物語性は希薄で、映画の基調となるのはカバの独白だ。その言葉は時と場所を越えて漂い、アフリカーンス語やスペイン語など複数の言語を行き来する。イメージの連なりが、植民地で支配された人々のアイデンティティーや、人間と自然との関係を批判的に浮き彫りにした。
 
両作とも世界の映画地図に新たな地平を開き、主張や表現に挑戦は感じられたものの、他を圧するほどの力強さがあったわけではない。授賞結果は、映画祭を取り巻く状況と時代を強く映し出したのではないか。
 

審査員大賞ホン・サンス監督「審査員はどこを見たのか……」

セバスチャン・スタンが主演俳優賞を受けた米国の「ア・ディファレント・マン」は、整形手術で特異な顔貌から劇的に変化し、新たな人生を歩み始めた主人公が、かつての自分とそっくりな男に全てを奪われる。脚本賞のドイツ映画「ダイイング」は、家族と疎遠になった指揮者の主人公が、両親と親友が死に直面したことをきっかけに、自らを深く見つめ直す。いずれも「自分とは何か」を問い掛けていた。


「旅行者のニーズ」© 2024 Jeonwonsa Film Co.

審査員大賞を受けたホン・サンス監督の「旅行者のニーズ」は、韓国で若い男性の部屋に居候しながらフランス語を教える女性教師が主人公。学習者と片言の英語で会話し、日々マッコリをあおる主人公をフランスの大女優イザベル・ユペールが軽妙に演じた。いつもながらのホン・サンス節で、授賞式で監督自身が「審査員がどこを見たのか……」とスピーチして笑いを誘った。審査員賞の「帝国」は、フランスの鬼才、ブリュノ・デュモン監督がのどかな村でひそかに進行する、地球外生命体の善と悪との戦いを描く。「スター・ウォーズ」のようなスペースオペラが、海辺の小村の漁師らの間で展開する壮大かつオフビートなパロディー。2作に賞を贈ったのは独創性、作家性への賛辞といったところか。
 

無冠作品にも秀作

個人的には、イランのマリヤム・モガッダム、ベタシュ・サナイハ両監督「マイ・フェイバリット・ケーキ」と、ロシアのビクトル・コサコフスキ監督によるドキュメンタリー「アーキテクトン」が無冠だったのが残念。


「マイ・フェイバリット・ケーキ」© Hamid Janipour

「マイ・フェイバリット・ケーキ」は、日本でも公開された「白い牛のバラッド」の監督コンビの新作。70歳の孤独な女性の一夜の恋を、ユーモアと悲哀を込めて描いた。万国共通の老いを見つめる一方で、強圧的な体制の下でも自由に生きようとする女性を生き生きと造形。2人の監督はイランからの出国を禁じられ、主演のリリ・ファルハドプールが「イラン社会の女性の現実を、危険を覚悟で表現した」と訴えていた。国際映画批評家連盟賞などを受賞したのに、本選では賞に漏れた。


「アーキテクトン」© 2024 Ma.ja.de. Filmproduktions GmbH, Point du Jour, Les Films du Balibari

「アーキテクトン」は、独仏合作。爆撃によって破壊されたウクライナの建物やレバノンの2000年前の遺跡、石で地面を丸く囲い、人の立ち入りを禁じて自然に任せる実験を始めた建築家ら、さまざまな形態の「石」を、高速度撮影や空撮などさまざまな手法で映し出す。ロシアのウクライナ侵攻に抗議する意図も明らかで、言葉はなくても人間と自然との関わりや文明批判といったテーマが浮かび上がる。ゴッドフリー・レッジョ監督のドキュメンタリー「カッツィ」シリーズ3部作を思わせる迫力だった。
 
今回のベルリンは新鋭発掘を重視したのか作品集めに苦労した結果か、完成度よりも意欲が先行したきらいのある映画が目立った。3大映画祭の中では、巨匠の囲い込みを進めるカンヌ、アカデミー賞を意識したベネチアと比べると、地味な印象は否めない。次回からはロンドン映画祭を率いたトリシア・タトルが作品選定を担う。コロナ禍を乗り切ったシャトリアンの交代は物議を呼んだし、三宅唱監督らの新しい日本映画を紹介してきただけに、その影響も気になるところ。体制刷新が映画祭をどう変えるか、注目される。

【第74回ベルリン国際映画祭の授賞結果】

金熊賞

「ダホメ」(マティ・ディオップ監督)

審査員大賞

「旅行者のニーズ」(ホン・サンス監督)

審査員賞

「帝国」(ブリュノ・デュモン監督)

最優秀監督賞

ネルソン・カルロ・デ・ロス・サントス・アリアス「ペペ」

最優秀主演賞

セバスチャン・スタン「ア・ディファレント・マン」

最優秀助演賞

エミリー・ワトソン「スモール・シングス・ライク・ジーズ」

最優秀脚本賞

マティアス・グラスナー「ダイイング」

芸術貢献賞

マーティン・ゲシュラフト(「デビルズ・バス」撮影監督)

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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  • 第74回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した「ダホメ」のマティ・ディオップ監督(左)と審査員長のルピタ・ニョンゴ=2024年2月24日
  • 第74回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞し、トロフィーを手にする「ダホメ」のマティ・ディオップ監督2=2024年2月24日
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