第27回プチョン国際ファンタスティック映画祭の上映会場となったシネコン。映画祭は多くの観客でにぎわっていたが……

第27回プチョン国際ファンタスティック映画祭の上映会場となったシネコン。映画祭は多くの観客でにぎわっていたが……

2023.7.10

韓国映画界は「壊滅的」 不作続きで新作投資がストップ 「日本がうらやましい」

映画でも配信でも、魅力的な作品を次々と送り出す韓国。これから公開、あるいは配信中の映画、シリーズの見どころ、注目の俳優を紹介。強力作品を生み出す製作現場の裏話も、現地からお伝えします。熱心なファンはもちろん、これから見るという方に、ひとシネマが最新情報をお届けします。

勝田友巳

勝田友巳

「韓国映画界の危機」。第27回プチョン国際ファンタスティック映画祭(BIFAN)を取材中に、こんな焦りの声を何度も耳にした。国際的な賞に輝き動画配信サービスでもヒット連発、監督も俳優も世界的スターとして大活躍。そんなイメージは一面だけで、内情は「壊滅的」と言うのだ。果ては「日本がうらやましい」とまで――。いったい何が起きているのか。


第27回プチョン国際ファンタスティック映画祭のフォーラム=勝田友巳撮影

スクリーンはシネコン3系列の寡占状態

BIFANの期間中に行われたフォーラム「『パンデミック』時代の映画産業 問題と解決方法」の中で、韓国脚本家協会の金炳寅(キム・ビョンイン)会長は「韓国の映画業界を支えてきた作り手、劇場、投資家のトライアングルから投資家が離脱した」と現状を説明。コロナ禍で映画館から遠のいた観客が戻らず興行不振が続き、出資者が一斉に撤退して製作資金が枯渇、映画製作が止まっているという。背景には、韓国独特の産業構造があるようだ。
 
まず韓国映画界を概観してみよう。日本の製作委員会方式と異なり、韓国の映画製作は、シビアに利潤を求める投資会社からの資金が元になる。投資会社は財閥系のCJENMとロッテ、それにプラスM、ショーボックス、N.E.W.などが大手とされる。一方興行は、3300ほどのスクリーンがほぼ3系列のシネコンに分けられる。CJ系列のCGVとロッテのロッテシネマが8割、残りがプラスMのメガボックス。韓国の映画人が「映画興行プログラムは、(3社の担当者の)3人で決めている」と言うほどの寡占状態だ。
 
ソフト化などの2次利用市場が存在しないため資金回収は興行頼みで、劇場の力が強い。興行収入の配分は、ハリウッド作品では劇場と製作・配給側の折半だが、韓国映画は劇場が60%を持っていくという。
 

製作費高騰 平均10億円

こうした業界地図の中で、映画市場はどうなっているか。韓国映画振興委員会(KOFIC)の統計を見てみよう。KOFICは、宣伝費などを含まない直接製作費30億ウォン以上の作品を「商業映画」、それ以下を「インディペンデント映画」と区分し、40回以上上映された作品を「公開作」としている。
 
22年には197本が公開され、商業映画は36本あった。このうち直接製作費が50億ウォン超~80億ウォン以下が13本▽80億ウォン超~150億ウォン以下6本▽150億ウォン超が6本。全公開作品の直接製作費平均は21億4000万ウォンだが、商業映画に限ると100億ウォンと跳ね上がる。コロナ禍前の19年、商業映画45本の製作費平均は80億ウォンで、高騰ぶりは明らかだ。ちなみに1ウォンは0.1円程度。日本と比べると製作費の大きさに驚くが、それはまた別の話。


 韓国の映画界について語るキム・ビョンイン韓国脚本家協会長

2022年の総興収 コロナ禍前の65%

一方で、韓国映画の年間総興収は19年の9474億ウォンに対し、22年は6202億ウォンと65%までしか回復していない。これもチケット代を値上げしたからで、観客数の比較では54%にとどまっている。22年のチケット代の平均は1万285ウォンとなり、初めて1万ウォンを超えた。
 
KOFICは平均収益率の統計も出している。これによると商業映画の平均収益率は、19年は10.9%の黒字と好調だったが、コロナ禍に入り20年マイナス30.4%、21年マイナス22.9%と大苦戦。22年もマイナス0.3%と黒字転換できなかった。その内訳をみると、製作費80億ウォン以上ではプラスだが、50億ウォン以上~80億ウォン未満ではマイナス59.9%と深刻だ。
 

劇場の取り分が多すぎる

こうした状況の中、23年4月末時点で、製作費30億ウォン以上の作品への投資は8作品しかない。大手ではプラスMが2作品、ロッテが1作品だけ。キム会長は「00年代半ばにも収益状況が悪化したが、この時も投資は続いた。しかし今回、CJは映画部門を縮小しリストラも断行。新作をストップし、当分投資はしないと宣言している」と解説する。
 
投資から興行まで垂直系列化した会社は投資の穴を興行で補塡(ほてん)できるから、劇場の売り上げ最大化を図る。知名度のある監督や俳優を起用した大作を製作し、スクリーンを独占して上映、公開直後の大量動員を狙う。いわゆる〝ヒット&ラン戦略〟で、興行成績1、2位の作品がスクリーンの9割を占めるという極端な例もあるという。成功すればロングランだが、失敗なら2週間で上映終了と容赦ない。
 
一方で、映画館を系列に持たない投資会社は赤字を埋める方策がなく、コロナ禍の市場縮小で映画への投資に及び腰になる。資金は配信などに流れ、劇場公開を遅らせていた大作が動画配信サービスに直送されるケースも相次いだ。キム会長は「韓国映画の興収配分をも、50%ずつにすべきだ」と訴える。これにより、例えば19年の収益率は31%まで上昇すると試算した。
 

不均衡是正の動き実らず

キム会長はまた、「本編上映前の企業広告の収入を、劇場側が独占していることも問題だ」と指摘する。上映開始時間後に10分ほど上映される企業広告の収入が、配給側に配分されない慣行だという。キム会長は「映画を見に来た観客が広告を見るのだから、劇場の独占はおかしい」と訴える。試算では、この売り上げが19年では1350億ウォン。これを折半すれば配給側に675億ウォンの収入になったというのだ。
 
こうした不均衡な関係はコロナ禍前から問題だと指摘され、是正の動きもあったという。映画人が作る「反独寡占映画人会議」が国会議員に働きかけ、16年に法案提出にまでこぎつけた。ところが19年4月、文化体育観光部長官(大臣)にCJの社外取締役だった朴良雨(パク・ヤンウ)が就任する。そのタイミングを「財閥系企業の力」と見る韓国の映画人は少なくないという。法案は成立しないままコロナ禍に突入し、改革論議は棚上げされる。「是正の最後のチャンスを逃したかもしれない」(キム会長)


プチョン国際ファンタスティック映画祭のシン・チョル執行委員長=映画祭提供

大作依存体質で多様性喪失

キム会長の危機感は、韓国映画人の多くに共有されている。BIFANのシン・チョル執行委員長は「韓国映画界は大作依存体質から脱却できず、多様性が失われた。ネットフリックスは韓国に巨額の製作費を投じているが、しょせん外資。有力な監督や俳優が吸い取られていく。世界中のファンが韓国の人気監督の作品や俳優を見ているのに、韓国映画では見られないという状況になりかねない」と警鐘を鳴らす。
 
コロナ禍前の19年、韓国の1人あたりの年間映画鑑賞回数は4.37回と世界最多だった。映画は大衆娯楽として定着し、「評判が悪くても確認するために劇場に行く」というほど習慣化していた。
 
しかし劇場重視の大作ばかりで観客は飽和状態となっているところにコロナ禍で、映画館から足が遠のいた。この間、映画の代替として動画配信サービスが普及し、チケット代の値上がりもあって観客は映画を〝選ぶ〟ようになった。「確実に面白いと分かる〝安全パイ〟の映画しか見に行かなくなっている」とキム会長。
 

「犯罪都市」続編が独り勝ち

その言葉通り、23年の韓国映画のヒット作は、6月時点でマ・ドンソク主演の「THE ROUND UP(『犯罪都市』)」シリーズ第3作だけ。5月末に公開されて動員1000万人を超える大ヒットとなったが、それに続くのは、500万人動員の「すずめの戸締まり」「THE FISRT SLAM DUNK」と日本のアニメだ。韓国映画は22年12月公開の「HERO」が9位にいるだけ。
 
こうした中、7月下旬から相次いで公開される大作が、期待を集めている。リュ・スンワン監督「密輸」(NEW)▽ソル・ギョング主演のSF「ザ・ムーン」(CJ)▽ハ・ジョンウが主演する「非公式作戦」(ショーボックス)▽イ・ビョンホン主演の「コンクリートユートピア」(ロッテ)――と、いずれもスターを起用したアクション、SF大作。「成績いかんで韓国映画界の命運が決まる」。そんな悲壮な声も聞こえてくる。
 

映画もワインも味わい豊かに

キム会長は、映画をコーヒーやワインに例えた。「誰でも楽しめる一方で奥が深く、好きな人が見つけた逸品をほかの人に勧めて広がっていく。映画もさまざまな味わいを持つべきだ」。そして大手の大作から独立系の小規模作品が選べる日本がうらやましいというのである。「日本の映画界は多様性が保たれている。興収第一に走って韓国の轍(てつ)を踏まないようにしてください」。日本の映画界はこの忠告を、どう聞くだろうか。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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