誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。
2023.7.07
吹部でユーフォニウム担当だった和合由依が見た「TAR/ター」
いつも演奏側にいた私は、普段知ることのできない指揮者の生活を知りたかったのです。本作の主人公であるリディア・ター(ケイト・ブランシェット)の生き方に興味があったというよりも、指揮者の仕事に興味がありました。いつも指揮者として私の前に立っていた、中学校の頃の音楽の先生はターの指揮の振り方にとてもよく似ていました。
私が中学校を卒業してすぐに見た映画が本作。ついこの間まで中学校の吹奏楽部員として活動し、先生が指揮を振る姿を見ていたのに、ターを見ていたら指揮をしていた先生を思い出してしまい、「懐かしいな」という感情になってしまいました。
ユーフォニウム担当
吹奏楽部とオーケストラは異なる点がいくつかありますが、共通している点も多くあります。だからか、懐かしい感情が私の中に込み上げてきたのです。ちなみに、私が担当していた楽器は金管楽器のユーフォニウム(別名:ユーフォニアム)という楽器です。この楽器をご存じの方はあまりいらっしゃらないではないのでしょうか。なぜなら、ユーフォニウムという楽器は吹奏楽部にしか存在しないパートであり、オーケストラには存在しないからです。私がユーフォニウムを抱え始めてから5年という時間が流れました。「5年って、思っていたよりもあっという間に終わってしまったな」という感覚があり、なんだか変な感じです。過ぎていった時間は、いつも「早く終わってしまったな」と思ってしまいます。
そんな吹奏楽部員だった頃の思い出を振り返っていたら、入部した時のことを思い出しました。小学生の時に入部していた吹部(「吹奏楽部」の省略)とは違い、中学校の吹部は人数が多いのにもかかわらず演奏がまとまっており、先輩方のクオリティーが高すぎてびっくりしていました。「かっこいい先輩方に囲まれてこれから活動するのか」と思っていた私がいたことを今になって思い出します。そしてついには私自身もそんな先輩という立場を経験し、吹部を卒業しました。今となってはまだまだ上達できたな、と感じる部分もあります。
指揮者は演奏者を引っぱる難しさに苦戦
私は演奏をすることの難しさを体感したことはありますが、指揮をすることの難しさは体験したことが無いので分かりません。いつでも完璧な演奏をしようとするターは自分で自分を追い込んでしまっていました。そんなターを見て、演奏者は指揮者についていこうと必死だけれど、指揮者は演奏者を引っぱっていくことの難しさに苦戦をするのだなと、私は感じました。今まで気づかなかったことに気づくことができました。
ターと中学校の吹部の先生は、共通点が多くある中でも逆に共通しないこともあります。それは、指揮棒を使用するかどうかということです。ターは指揮棒を使って指揮をするのに対して、吹部の先生は手で指揮をしていました。ちなみに、小学校の吹部の先生は時々指揮棒を使っていました。その先生は、指揮をしている時にいつも下半身が動いていて、演奏に乗るかのように指揮をする姿が印象的でした。
吹部でも指揮者に好かれたら勝ち
そんな、演奏に厳しいターに好かれていたのが、新人チェリストのオルガ・メトキナ(ソフィー・カウアー)。彼女の生み出す音色と何事にも物おじしない奔放さに引かれていました。ターは、そんな彼女が得意とするエルガーのチェロ協奏曲をコンサートの演奏曲に追加します。オーケストラに限らず、吹部でも指揮者に好かれたら勝ちです。演奏の技術も大切ですが、先生の話をよく聞いたり意見を出したりすることも大切です。新人でありながらもいろいろな部分で評価され、ターに好かれたオルガは、私から見たらずるいようにも思えました。
自身が起こしたハラスメントがきっかけ
オーケストラや吹奏楽部など、楽団があって指揮者がいるチームは必ずそうですが最高権力者は指揮者です。ターは完璧な人間のように見えて、実はやりすぎな一面も持っています。そんな「やりすぎ」が、ハラスメントにも繋がっていきました。権力を握っている立場だからこそ、生まれてしまったハラスメント。その行動が、彼女自身を苦しめていく、恐ろしい展開になっていました。
「ずっと<何がなんでも叶えたい夢>が叶った途端、悪夢に転じるというキャラクターを描きたかった。もし、彼女(ケイト・ブランシェット)が断っていたらこの映画は日の目を見ることはなかった。あらゆる意味でこれはケイトの映画だ。」「唯一無二のアーティスト、ケイトに向けて書いた。」そう語ったのは監督のトッド・フィールド。ター自身が起こしたハラスメントがきっかけで、彼女は自分自身を孤独にしてしまう。監督が語る“悪夢に転じるキャラクター“とは、まさにこのことだと思う。予想することのできない恐ろしい展開が本作にはあります。最後の最後まで展開は予想不可能です。
本作に出てくるオーケストラの音色がとても奇麗だったことも印象深かったです。吹奏楽部に無い楽器による、オーケストラの演奏を聴く体験はとても濃密でした。
本年度アカデミー賞主演女優賞など主要6部門ノミネート作品である「TAR」。ターの力のこもった指揮、そして表情。完璧すぎない彼女の生き方から目を離せません。
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