「最善の人生」の一場面

「最善の人生」の一場面

2022.11.20

注目の存在、パン・ミナの演技が素晴らしい「最善の人生」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、大野友嘉子、梅山富美子の3人に加え、各ジャンルの精鋭たちが不定期で寄稿します。

ひとしねま

須永貴子

2015年に韓国で発売されたイム・ソラの小説「最善の人生」を実写化した独立系作品が、JAIHOで公開される。本作は、第25回釜山国際映画祭で撮影監督イ・ジェウがCGK&サムヤンXEEN賞を、イ・ウジョン監督がKTH賞を受賞。主演を務めたパン・ミナは、2021年の釜山映画批評家協会賞と韓国女性映画祭で最優秀新人女優賞を、ニューヨークアジア映画祭でライジング・スターアジア賞を受賞するなど、注目の存在となっている。
 
パン・ミナは現在29歳。ガールズグループのGirl's Dayで2010年から19年までミナ名義で活動し、グループ活動中も俳優としてドラマや映画に出演していた。本作は彼女にとって、グループの解散後初の主演映画となる。その出来と評判からして、俳優業への転身は大成功と言えるだろう。たしかに彼女の演技は素晴らしい。
 
彼女が何かを見つめているだけで、こちらの目がくぎ付けになってしまう。つまり画がつ。それは映画俳優として天賦の才だ。もう一つの才は年齢不詳であるところ。彼女が演じるイ・ガンイは女子校に通う18歳。パン・ミナのプロフィールを知らなかった人(筆者含む)には、撮影当時彼女が27歳だったという事実はにわかには信じられないだろう。
 

3人の少女たちの関係性の変化を描く

 本作は、ガンイの視点から親友のヨン・ソヨンとチョ・アラムとの関係性の変化を描く青春映画だ。美人でスタイルの良いソヨンは裕福で成績も優秀、スクールカーストの上位に君臨する。彼女にはモデルになって、ゆくゆくは女優になるという夢がある。貧困と父親の暴力に苦しんでいるアラムは捨て犬や捨て猫などなんでも拾う癖があり、学校では変わり者としてスクールカーストの外側にいる存在だ。
 
2人に比べるとガンイは平凡で、スクールカーストでは中間層にいる存在。夢も目標もなく、ソヨンとアラムが彼女のすべて。彼女は実は、富裕層が暮らすエリアの高校に、偽装して越境転入した秘密と負い目を抱えている。
 
親や学校に不満を持つこの親友トリオに共通するのは、“ここ”を出ていきたいという渇望と焦燥感、不安定な足元、不透明な未来だ。飲酒やたばこ、家出、窃盗などを繰り返し、共犯意識と若さゆえの無敵の感覚で結ばれ、3人でいるときだけは笑顔になれた。ある日、ソヨンが金色のクレジットカード(誰のものかは明らかにされない)を手に入れたことを機に、3人は本格的に家出をし、ソウルに部屋を借りて一緒に暮らし始める。
 
その部屋は「パラサイト 半地下の家族」で周知された、薄暗く風通しの悪い半地下の部屋。えない日々にいら立ちが募り始め、真夏のうだるような暑さに意識がもうろうとする中、ガンイとソヨンの間に起きたある出来事を機に、3人の共同生活は崩壊する。3人は学校に戻り、他の女の子たちとつるみ始めたソヨンはガンイを執拗(しつよう)にいじめ、ガンイは徐々に追い込まれていき……。
 

パン・ミナ、ハン・ソンミン、シム・ダルギ。3人のキャスティングの妙

「映画は9割以上がキャスティングで決まる」というマーティン・スコセッシの発言を証明するかのようなケミストリーが起きている。ソヨンを演じるハン・ソンミンは3人の中で最年少の21歳。モデルとしても活躍し、青春ラブストーリー系のドラマ「TWENTY×TWENTY〜ハタチの恋〜」ではヒロインを演じている。芸能界の王道を進みキラキラとした輝きを放つ彼女は、ソヨンの夢をかなえた人物だ。
 
一方のアラムを演じるシム・ダルギは23歳。Netflixの「未成年裁判」(22年)他、多くの映画作品に出演し、少ないシーンでも強い印象を残す演技派だ。蒼井優や安藤サクラをほうふつとさせる演技力や個性的な雰囲気を持つ彼女は、国際的な俳優になるポテンシャルを感じさせる。
 

コントロールできない感情で関係が傷ついていく

かれ合い、反発し合い、自分でもコントロールできない感情が暴走し、昨日までの友を傷つける。外部から降りかかるご都合主義的な事件はなく、すべての出来事は日常の中で彼女たちが引き寄せたもの。最初は無邪気に投げっていた小さな雪玉が、思いがけない方向に転がりだし、どんどん大きくなっていく。それが、英題の「Snowball」が意味するところだろう。
 
人間関係の感情の複雑さをほとんど説明しないこの映画は、青春を美化せず、10代の頃の凶暴さを持て余した記憶のある人を当事者だったころに引き戻し、居心地を悪くする。ガンイの「より良い人生のために悪い道を選んだ。それが最善だった」というラストのモノローグの余韻が苦い。
 
ちなみに、原作の日本語版(古川綾子訳)は2022年10月に光文社より発売されたばかり。イム・ソラ(イム・ソルア)の著書が日本で紹介されるのはこれが初めてとのこと。監督は、本作が初長編作品となるイ・ウジョン。韓国の才能を知るという意味でも必見の本だ。
 
「最善の人生」は11月25日(金)より2023年1月23日までJAIHOで独占配信

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ライター
ひとしねま

須永貴子

すなが・たかこ ライター。映画やドラマ、TVバラエティーをメインの領域に、インタビューや作品レビューを執筆。仕事以外で好きなものは、食、酒、旅、犬。

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