©Reiner Bajo

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2022.11.13

ただただ戦場のリアルと空虚さを突き付けられる「西部戦線異状なし」(2022年):オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

村山章

村山章

「西部戦線異状なし」というタイトルは、多くの人が耳にしたことがあるだろう。第一次世界大戦に従軍したドイツの作家、エリッヒ・マリア・レマルクの代表作であり、1930年にはハリウッドで映画化され、第3回アカデミー賞の作品賞と監督賞を受賞。79年にはリチャード・トーマスとアーネスト・ボーグナインの主演でテレビ映画としてリメークされている。
 
しかしドイツ人が書いたドイツ兵の物語なのに、これまでドイツで映像化されてはいなかった。そしてようやくドイツのスタッフ&キャストによる最新バージョンが作られ、Netflixより配信された。
 


第一次世界大戦下の西部戦線での戦いをドイツ人キャストで描いた

 「西部戦線」とは、第一次世界大戦下のヨーロッパで、スイスからベルギーの海岸まで南北760kmに及んだ激戦地のこと。西進するドイツ軍と侵攻を阻む連合国軍の一進一退の消耗戦が続き、両陣営合わせて1000万人が死亡、2100万人が負傷したと言われている。原作者のレマルクは若き志願兵として西部戦線に派遣された経験をもとに、戦場の惨劇を伝えるべくこの小説を書いた。主人公の名前がパウルなのも、レマルクの本名に由来している。
 
第一次世界大戦は毒ガス、戦車、戦闘機などの近代兵器が投入され、戦争のあり方が大きく変わった歴史の転換点だった。特に両軍が至近距離にざんごうを掘って対峙(たいじ)した西部戦線の苛烈さは、近年ではスティーブン・スピルバーグ監督が「戦火の馬」で、サム・メンデス監督が「1917 命をかけた伝令」で、ピーター・ジャクソン監督が「彼らは生きていた」で生々しく描いている。
 
筆者が今回の「西部戦線異状なし」を見て、微妙に違和感を抱いたのは、主人公が所属するドイツ軍が画面の右側、つまり上手に陣地を構えていたことだった。おそらく前述の「1917 命をかけた伝令」や、スピルバーグの「プライベート・ライアン」の印象があったのだろう。上手から進撃するのは連合国軍で、下手にいるのはドイツ軍だと思い込んでしまっていたのだ。
 
もちろん第一次大戦や第二次大戦を扱った、配置が逆の戦争映画もあることは承知している。ただ気づいたのは、筆者自身がこれまで連合国側の視点に立って戦争映画を鑑賞し、ざっくりとドイツ軍を「敵側」として捉えていたこと。
 
そもそも「西部戦線」という言葉自体がドイツ側から見た西であり、連合国軍には東であった。位置は相対的なものに過ぎない。また陣地の配置だけの話ではない。今回ドイツ人キャストがドイツ語で演じていることで、ようやく「西部戦線」からハリウッドというフィルターが外すことができた影響も大きい。むしろ今後は、過去の英語圏での映像化により大きな違和感を覚えることになるだろう。
 

目を覆いたくなる戦場を、ハッとするほど美しい映像で切り取る

 映像の美しさも今回のドイツ版の特徴だ。最前線の戦闘描写でリアリズムを追求した先達には「プライベート・ライアン」があり、その後の戦争映画で同作の影響を受けていない作品はないと言っていい。本作も、目を覆いたくなる迫真の戦場の場面が続くが、一方で、戦場の空気感がハッとするほど美しい映像で切り取られており、より皮肉な批評性が際立っているのである。
 
殺風景なざんごうや鉄条網が張り巡らされた陣地も、つかの間身体を休めることができる後方の森林も、まるで神の目線で見つめているかのように等しく美しい。背筋が凍るような、薄煙の中から戦車や火炎放射器の炎が現れる瞬間すらも、目をみはるほど美しい。ただし、兵士たちにはその美しさに目を向ける余裕はない。本作には、劇中で繰り広げられる人間の残虐な愚行など意にも介さず、圧倒的な美が屹立(きつりつ)している冷徹さがある。
 

繰り返し語り続けられる意義を考えさせられる

 本作がドラマ性を極力排していることにも注目したい。主人公パウルや戦友たちそれぞれの物語は確かにあるのだが、原作や過去の映像化作品にあったエピソードの多くは削られ、ただただ人間を思考停止に追い込む戦場の現実が積み重なって、底なしの空虚さが浮かび上がるのだ。
 
現代の戦争は自動化、無人化、機械化が加速しているというが、戦争が人間を持ち駒にして進められ、命が奪われ続けていることに変わりはない。第一次世界大戦は100年以上前の歴史だが、「西部戦線異状なし」には100年の歳月を飛び越えて、当時を生きて、戦い、そして死んでいった若者たちとわれわれが生きる時代を結びつける説得力とパワーが備わっている。今あらためて、繰り返し語り続けられる意義を突きつけられたようで襟を正したくなった。
 
Netflixで独占配信中

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ライター
村山章

村山章

むらやま・あきら 1971年生まれ。映像編集を経てフリーライターとなり、雑誌、WEB、新聞等で映画関連の記事を寄稿。近年はラジオやテレビの出演、海外のインディペンデント映画の配給業務など多岐にわたって活動中。