7月11日博多祇園山笠の期間中に中洲流れの飾り山笠の前で、左からあやんぬ、古賀蒼大、古賀迅人、奥田幸治=撮影:宮脇祐介

7月11日博多祇園山笠の期間中に中洲流れの飾り山笠の前で、左からあやんぬ、古賀蒼大、古賀迅人、奥田幸治=撮影:宮脇祐介

2023.7.20

「映画を完成させ、上映する責任」お蔵入り映画が「中洲のこども」として上映されるまで

分かりやすく誰もが楽しめるわけではないけれど、キラリと光る、心に刺さる作品は、小さな規模の映画にあったりする。志を持った作り手や上映する映画館がなかったら、映画の多様性は失われてしまうだろう。コロナ禍で特に深刻な影響を受けたのが、そんな映画の担い手たちだ。ひとシネマは、インディペンデントの心意気を持った、個性ある作品と映画館を応援します。がんばれ、インディースピリット!

宮脇祐介

宮脇祐介

新型コロナウイルス禍は世界の映画業界に大きな影を落とした。映画館の危機、動画配信サービスの台頭、映画製作費の高騰・・・・・・。

そんな中で撮影中断・中止という苦渋の選択を迫られた映画も多数あった。それらの作品には再開のめどが立たずお蔵入りしたもの、製作を再開したが追加資金が重荷になるなどの苦難が待ち受けていた。今回話を聞いた映画の一本が現在、福岡市・中洲大洋映画劇場にて上映中の辻仁成監督「中洲のこども」。この作品も中断を経て再撮影され完成した。その過程をスタッフ、出演者に聞いた。

 

撮影が止まった

2019年夏、「真夜中の子供」という原作のままの題名で撮影を開始。映画を初めて製作するプロデューサーは辻監督の博多を描いた原作に心動かされ、理想の映画作りに向けて取り組んで行った。ウエディング関連の企業を一代で起業、成長させた。しかし、映画作りに関してはそううまくはいかなかったようだ。その上にコロナウイルス禍が猛威をふるい、撮影は誰の口からも中断・中止を告げられることもなく「止まった」とスタッフ・キャストは言う。
 
主演だった古賀迅人くんは地元から選ばれるオーディションを経て初映画で初主演を手に入れた。赤ちゃんモデルからの芸歴はあったものの「大役に大よろこびで撮影に臨んだ。世良公則さんや佐藤浩市さんなど大物との共演で夢のような毎日だった」と語った。しかし、10日ほどして撮影が急に行われなくなった。「早く進まないかなとか、このまま終わってしまうんじゃないかとか、あせっていた」と当時の記憶を語ってくれた。

 

ちゃんと完成させたい

21年、迅人くんと、現在公開中の萱野孝幸監督「断捨離パラダイス」のオーディションで出会ったプロデューサー・相川満寿美さんは、「当時中断していたこの映画のうわさは聞いていたものの、迅人くんが『僕の映画はもう撮れないんですか』と悲しそうに話すのを聞いて思わず映画の再開を検討した」と言う。迅人くんの「ずっとこのままにしておくのが嫌だった。ちゃんと完成させたい」という気持ちが、多くの人々をこの映画成立に駆り立てたのだった。

 
相川さんは当時のスタッフに確認をして、監督に許可もとり、連絡が途絶えていたプロデューサーと話をして、事情を聞いた。会って事情がわかると「そんなに無責任で悪い人」には思えなかったそうだ。新たに福岡のスタッフに声をかけてキャスト、協賛者を募った。監督と共に引き続き出演するキャストを説得して22年、やっと撮影再開にこぎつけた。
 
「協力してくれた中洲流をはじめとした街の人たちに申し訳ないからがんばろう」と当初交通整理などで製作に関わっていた女優のあやんぬさんは、今回出演だけでなくアシスタント・プロデューサーも担当し、資金集めから製作、宣伝まで深くこの映画に関わっている。

 
一方、この中断でチャンスをつかんだ人もいる。新たなキャスティングにより主人公の義理の父役に選ばれた奥田幸治さんだ。「コロナウイルス禍や辻監督がパリにいるためビデオオーディションで4回の回数を重ね勝ち取った役。実は原作が大好きで映画化の話の前に中洲の街で勝手に役作りをしていた」そうだ。

 

絵がつながらない

しかし、いざ撮影の段になると主役の迅人くんが2年の間に成長していて19年撮影の部分と絵がつながらない。スタッフ・キャストの迅人くんの思いをかなえようという気持ちとまさに裏腹に、現実が突きつけられたのであった。どうしても主役は迅人くんで撮影したく頭をかかえることになった。
 
そんな時に白羽の矢が立ったのが迅人くんの弟・蒼大くんだった。最初は乗り気ではなかったが「お兄ちゃんのためなら」と出演を決めたそうだ。

 
撮影は辻監督と福岡の若いスタッフ・キャストで行われた。辻監督以外のメインスタッフ、キャストは全て入れ替えとなり、その苦労は彼のブログ「JINSEI STORIES」にもつづられている。
 

「無戸籍の子供」の存在を広く知ってもらい

映画の内容は親の都合で無戸籍のままネグレクトされ育った子供が、中洲の人たちの人情で育てられていく話。博多祇園山笠が舞台となっている。この「無戸籍の子供」の存在を広く知ってもらいたいという思いも、インタビューをした人たちから一様に聞けた。

 
くしくも6月30日から博多祇園山笠の期間はさんで中洲大洋映画劇場で公開が実現したが、より多くの人たちに見てもらうのにはさらなる困難がつきまとうだろう。1日2回の小さな客席のスクリーンでは追加の出資金の回収もままならないだろう。それでも、僕自身平日の昼の回で見たが7割ほど埋まり、中には中洲流の法被を着た観客もいた。2週間限定公開も4週公開へと延長され、動員によってはさらに公開が延長されるかもしれない。

最後になるがプロデューサーの相川さんの「映画を完成させ、上映する責任」という言葉が強く心に残ったインタビューだった。

ライター
宮脇祐介

宮脇祐介

みやわき・ゆうすけ 福岡県出身、ひとシネマ総合プロデューサー。映画「手紙」「毎日かあさん」(実写/アニメ)「横道世之介」など毎日新聞連載作品を映像化。「日本沈没」「チア★ダン」「関ケ原」「糸」「ラーゲリより愛を込めて」など多くの映画製作委員会に参加。朗読劇「島守の塔」企画・演出。追悼特別展「高倉健」を企画・運営し全国10カ所で巡回。趣味は東京にある福岡のお店を食べ歩くこと。

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