「アフター・ヤン」ⓒ2021 Future Autumn LLC. All rights reserved.

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2022.10.21

この1本:「アフター・ヤン」 AIの目に映った情感

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

画面の隅々まで作り込まれ、余計な物が一切映っていない。「コロンバス」のコゴナダ監督は、その美意識を突き詰めたような端正な映像の中に、人間存在の本質を探究していく。

人間そっくりのロボットが普及した近未来。茶葉店を営むジェイク(コリン・ファレル)の家にもヤン(ジャスティン・H・ミン)がいて、中国系の養女ミカの教育係を務めていた。ところがある日、ヤンが突然動かなくなって、ジェイクは修理してくれる技術者を探すことになる。

話しているのは英語だが、画面は米国らしくない。淡い色調、東洋風の衣服、ジェイクがいれるお茶。俳優たちの表情は乏しく、セリフ回しもささやくようだ。小津安二郎監督を敬愛するコゴナダ監督は、今作でもスタンダードサイズの画面に正対する人物や、画面の奥に人物を配する構図など小津調を取り入れる。物語は、すべてが整えられ調和した映像の中で淡々と進んでゆく。

ヤンの中から特別な記録装置が見つかって、そこにはヤンが見た映像が1日数秒分ずつ記録されていた。ジェイクが再生すると、見知らぬ女性が映し出される。

画面の基調となるトーンはぬくもりはあっても無機質なのに、ヤン視点の映像は生き生きと弾んでいる。数秒ずつの断片を続けて見ているうちに愛着や郷愁といった感情が喚起されてきて、それらは「記録」というよりヤンの「記憶」と呼んだ方がふさわしい。恋人に注ぐようなヤンのまなざしに、ジェイクは戸惑い動揺する。ヤンは人間になろうとしていたのか?

人工知能(AI)がどこまで人間に近づけるかという主題は、映画にもしばしば表れる。コゴナダ監督は記憶のありようから、ヤンとジェイクがどれほど隔たっているかと問いかけている。

1時間36分。東京・TOHOシネマズシャンテ、大阪ステーションシティシネマほか。(勝)

ここに注目

AIが身近な存在として描かれる作品といえば「her 世界でひとつの彼女」「アンドリューNDR114」などが浮かぶが、ヤンのルックスは人間そのもの。それゆえに、養女ミカの相棒であるヤンの喪失を通して描かれる記憶や愛、家族、ルーツについての物語が、より親密で深遠なものに感じられた。このSFには、人間を人間たらしめているものは何か、という問いかけも含まれている。東洋的な感覚を美化しすぎているような場面もあるが、コゴナダ監督独自の静謐(せいひつ)な世界観やゆったりとしたテンポにはあらがえない魅力がある。(細)

技あり

ベンジャミン・ローブ撮影監督は、SFホームドラマを硬調で撮った。カリフォルニアモダンと呼ぶガラス戸が多いロケセット。夜、都市の情景を2カット入れ、ガラス戸のそばに立つジェイクの所に、奥のソファから妻のカイラが来る。下手の極端な片位置で2人の膝上サイズ。横顔の妻が「新しい家族はもういい」と、外を見るジェイクに言う。考えの違いが分かる場面。ローブも小津監督を尊敬するようだが、次作では食事のシーンなど、小津監督のコンビ、厚田雄春撮影監督の言い方を借りれば、「少しロー」にして撮ったらどうか。(渡)