毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2022.5.20
この1本:「シング・ア・ソング! 笑顔を咲かす歌声」 銃後の思い託すポップ
2009年、英国はアフガニスタンでの対テロ戦争に参加して、多くの兵士が戦地に送られた。基地で夫や恋人の帰りを待つ女性たちが、不安を紛らすために合唱団を結成する。実話を基にした物語を、「フル・モンティ」のピーター・カッタネオが監督して映画化。
合唱団のまとめ役のリサ(シャロン・ホーガン)と、お目付け役のケイト(クリスティン・スコット・トーマス)はことあるごとにさや当てを繰り返す。何事も規律と統制重視のケイトと、大ざっぱなリサは正反対。それでも練習を重ねるにつれて、メンバーは次第にまとまり、合唱もうまくなってゆく。
目的に向かって力を合わせる一体感と、そこに近づく達成感。対立と葛藤、そして和解と協調。期待通りに進む物語に彩りを添えるのは、ケイトとリサそれぞれの、母親としての悩みと苦しみだ。「タイム・アフター・タイム」「シャウト」など多くのヒット曲に乗せて心地よく物語を運んでゆく手際も、心得たもの。笑わせ、泣かせ、ハラハラさせて、実になめらかにクライマックスに到達する。「フル・モンティ」タイプのお話が好きという向きには、王道の展開を安心して楽しめること請け合いだ。
しかし、ちょっとひっかかる。銃後の妻たちの潔いこと。戦争反対を訴える活動家を、リサは「反対できないの、戦争と結婚してるから」と軽くいなしてやり過ごす。「フル・モンティ」で新自由主義的サッチャー政権の下で苦しむ炭鉱労働者にエールを送り、「キンキーブーツ」で性的少数派に肩入れした英国映画の反骨精神はどこへ行ったか。愛する人を亡くしてもなお、勝者なき戦争を肯定できるのか。銃後の妻はアフガニスタンにもいたはずだ。このご時世だけに、あれこれ考えてしまった。1時間52分。東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(勝)
ここに注目
衝突や誤解を乗り越え、思いを一つに友情を築いて連帯していくストーリーに意外性はない。けれども夫を戦地に送り出す妻たちの日常や心情を丁寧にすくい取った脚本からは、実話を大事に映画化しようとする作り手の誠実さが伝わってくる。何より、理屈抜きで心揺さぶられ、涙腺を刺激するのはテクニックを超えた歌声が持つ力。主役から脇役まですべての登場人物に等しく愛情を注ぐ温かな視線や笑いと涙のバランス、雨の日のトンネルなど地元の風景を生かしながら物語を紡いでいく点にも、カッタネオ監督らしさが感じられた。(細)
技あり
ヒューバート・タクザノウスキー撮影監督が、手堅く撮った。「軍人の妻合唱団」は、軍側が協力したくなる企画だ。カッタネオ監督は基地内外で撮影し、小道具や衣装などは陸軍に頼った。現場では、最後の合唱以外は練習なしで撮る方針でいく。それに合わせて照明も大掛かりな機材は持ち込まず、生活灯を生かした。癖か好みか、合唱団は一団にまとめ、輪郭線が消えるぐらいの強い逆光で白く飛ばす。戦死した兵士の葬儀で、日ごろ内気なジェスがアベマリアを気合を込めて歌う場面は、画(え)と音楽がうまく合致して効果を上げた。(渡)