「シング・ア・ソング〜笑顔を咲かす歌声〜」

「シング・ア・ソング〜笑顔を咲かす歌声〜」©Ⅿilitary Wives Ⅽhoir Film Ltd.2019

2022.5.16

私たちは日陰の存在なんかじゃない! 〝軍人の妻〟合唱団の実話をもとにした「シング・ア・ソング」

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

小湊 一凜

小湊 一凜

「シング・ア・ソング」は、全英で話題となった“軍人の妻”合唱団の実話をもとに、大ヒットコメディー「フル・モンティ」のピーター・カッタネオ監督により描かれる笑顔あり、涙ありのハートフルムービー。
 
劇中に登場する”軍人の妻”合唱団が歌う曲は、実はポップソングばかり。〝もう一日が欲しかった〟と愛する人との別れをうたった「Only You」(ヤズー)や、「Shout」(ティアーズ・フォー・フィアーズ)、日本のアーティストにも愛されカバーされてきた「Time After Time」(シンディ・ローパー)など。
 
私は劇中で彼女たちが歌う曲を知りたくて後から調べてみると、それらは1980年代を中心とした有名ポップソングで、カッタネオ監督をはじめとした製作チームが検討を重ねて選んだ名曲たちだとわかった。長く愛される名曲の歌詞たちが、まるで彼女たちの心情を映し出すかのように効果的にうたわれており、本作のために書き下ろされたのかなと思うくらいストレートに心に響いた。
 
本編では、同じ基地のなか最初はバラバラだった彼女たちが、共に困難を乗り越えようと合唱団を結成し、次第に自分たちの思いを吐露するように音楽をつくり、合唱を通してひとつになっていく姿が描かれている。楽曲に聴きなじみのある人も本作で初めて聴く人も、きっと大切な誰かの顔が浮かんできて心があたたかくなるような、つい口ずさみたくなるような瞬間があるのではないかと思う。
 
たとえ歌ではどうにもならない悲しみや喪失を抱えても、分かち合える仲間たちと共にそれでも「歌って笑って強くなろう」とする彼女たちの姿と、“軍人の妻”合唱団ならではの感動の歌声に大注目!


 

「歌って笑って強くなる」”軍人の妻”合唱団の誕生

「パートナーが戦地にいる間、皆で一緒にできる活動を考えましょう」〝軍人の妻〟合唱団は、大佐の妻であるケイト(クリスティン・スコット・トーマス)が同じ基地で暮らす妻たちに向けて呼びかけた一言から始まる。

 
本作の舞台は、2009年のイギリスのキャタリック駐屯地。愛する人を戦地に送り出し、最悪の知らせが届くことを恐れながら暮らす軍人の妻たちがいた。そこで暮らすのは既に家族を戦地で亡くした経験がある者や初めて夫が派兵された者、さまざまな事情を抱えながらも愛する人を支える女性たちだ。彼女たちの夫(配偶者)はイギリス軍兵士として、長く紛争が続いているアフガニスタンに派遣され、まず半年は帰ってくることはない。


 軍人の家族は頻繁に転居するらしい。きっと交友関係を築いたり新しい友人を作ったり、その地での寝食に慣れ親しむという意味での安心感を得ることも難しいだろうと想像する。大佐の妻ケイトは、同じ苦難を乗り越えるため、彼女たちと積極的にコミュニケーションをとり元気づけようとするが、その熱意は空回りするばかり。基地の中という閉鎖的な場所で、最悪の事態を恐れながらも愛する人の無事の帰宅を待ちつつ暮らすのは簡単なことではないだろう。平静を装いながらもそこで暮らす誰もがたしかに不安や悲しみを抱えて過ごしている。
 
しかしある日の集会で、それでも互いに支え合い、心を一つにして打ち込めることを探そうと提案するケイトに、今回初めて夫が派兵されたサラ(エイミー・ジェームズ=ケリー)が、「歌は?」と提案する。〝軍人の妻〟合唱団の誕生だ! 何気ない一言で結成された合唱団だが、これがのちに多くの女性たちに笑顔を咲かせる“軍人の妻”合唱団のはじまりとなる。
 
さっそく大佐の妻ケイトと、夫が昇進しまとめ役を務めることになったリサ(シャロン・ホーガン)が主体となり、合唱団の活動がはじまる。しかし歌も基礎からと何事にも真面目なケイトに、「気取った声で聖歌を歌って何になるのよ」とリサはいう。
 
やっと集ったメンバーたちも、美しい歌声を持っているけれど人前で歌う自信を持てずにいたり、合唱なのに音程を無視して歌ってしまったり、それぞれの事情を抱えるが故に歌も心もバラバラで・・・・・・。


 

だから歌う、それでも歌う

「いい音楽が生まれるのは誰かを思うとき」それでも「私たちには合唱団が必要だ」というケイトの熱意ある説得で、リサはかつて慣れ親しんだキーボードピアノをガレージから引っ張り出して練習にも積極的に関わるようになる。やがて彼女たちの歌声は練習を重ねて見違えるように一つになっていき、当初は目も耳も疑うような合唱団の姿にあきれていた担当将校も徐々に興味を示すようになっていた。度々衝突を繰り返していたケイトとリサも、次第に合唱団に希望を見いだし始め、気づけば多くのメンバーが“合唱”に笑顔を見せるように。

 
そんなある日、彼女たちのもとに吉報が届く。毎年イギリスで大規模に行われる戦没者追悼イベントのステージに、〝軍人の妻〟合唱団が招かれたのだ!
 
ちなみにイギリスの戦没者追悼イベントはエリザベス女王らイギリス王室も臨席する英諸国における国家的な行事でBBCをはじめとしテレビでも中継される。まさに世界的にも注目を集めるビッグイベントからのオファー。戦地のパートナーたちにも届くかもしれないと、思いがけない大舞台に戸惑いながらも喜びを隠せない彼女たち。
 
しかし喜びもつかの間。彼女たちの元に、恐れていた最悪の知らせが・・・・・・。

 
名曲「Time After Time」では、彼女たちの思いや願いのこもった美しい歌声に息をのむような神聖ささえ感じながら、その歌詞が彼女たちの心情にリンクして聞こえて、見ている私は思わず涙があふれてしまった。

歌っているときの彼女たちの表情には、これまでの道のりや愛する人や仲間と過ごした時間がよみがえってくるようでとても胸が苦しくなったけれど、彼女たちの歌声を聴いていると自然と私自身も大切な人の顔が浮かんで感情が揺れ動くのを感じたし、優しく包み込んでくれるようなぬくもりにも触れたように思う。私は彼女たちと見てきた景色も体感してきた温度も何もかも違うけれど、誰かを思う気持ちやその痛みやぬくもりを共有して、彼女たちにとって特別な合唱が終わるとき、私も共に喜びを分かち合い、ひとつになったような心地がした。”軍人の妻”合唱団の一員になったかのように(笑い)。
 

 今、私たちが見るべき映画 


私がこれまで見てきた邦画のなかでは戦地に赴く夫を待つ妻の従順な姿が印象的だった。本作では「私たちは日陰の存在なんかじゃない。ガンガン行きましょ!」とケイトやリサをはじめとし妻たちが合唱を通して主体的に一つになろうとする。不安や悲しみを歌声に変えて笑顔を咲かせていく姿は、私の目には新しく革命的で自然と勇気が湧いてくるような気がした。そして”軍人の妻”合唱団の、愛する人や同じ痛みを知る誰かを思う優しさとその合唱には、陳腐な表現だけどとにかく感動した。
 
私は幸いにも戦争という事実を間接的にしか知らないし、基地での生活も知らなければ彼女たちの苦難に共感したなんて甚だ言えることではないと思う。しかしながら、いつの時代も世界のどこかで確かに生死の伴う戦いが存在しており、日本が令和を迎えた現在、私たちにとっても戦争が身近にあることは否めない。
 
愛する人、大切なもの、平和のために武器を取り戦う人たちがいる。これは人ごとではなく、私たちが知るべき、向き合うべき事実でもある。本作ではそんな社会の一片だけでなく、過酷な状況に身を置いているのは軍人である夫も妻やその家族も同じであることも教えてくれた。この表現が適切かは分からないが、軍人である夫たちが愛するものを守るため、平和のために武器を手に取る代わりに、彼女たちは「合唱」という武器をもって、悲しみや愛する人のために共に葛藤していた。私たちが何気ない日常を当たり前に過ごせているのは、愛する人のために、はたまた顔も知らない私たちの平和のために命をかけて生きてくれている人々がいることも改めて知らなければならないとも思った。
 
いま、私たちに問われていることは、困難を乗り越えるために傷つけあうのではなく「手を取り合う勇気と知性とその方法」かもしれない。たとえひどく憎む相手がいたとしても、彼ら彼女らにもあなたと同じように愛する家族や愛してくれている人がいることを想像してみてほしい。そして葛藤や困難のなかにあったり、無性に不安に駆られたとき、独りになることを当たり前だと思わずにSOSを発信したり他者との関わりを求めていい。互いに支え合う強さと優しさ、その痛みやよろこびを分かち合う勇気こそ、大切な人や自分自身、誰かを笑顔にできる一歩なのかもしれない。困難を乗り越えるために手を取り合うんだ。そして声と心をひとつに、泣いて歌って私たちらしく笑顔を咲かせるんだという力強いメッセージをもらったように思う。
 
 全英に勇気と笑顔の花を咲かせた”軍人の妻”合唱団の誕生秘話「シング・ア・ソング〜笑顔を咲かす歌声〜」彼女たちの感動の歌声と共に、愛すべき名曲数々との出会いや再会も楽しんでいただける作品ではないかと思います。たくさんの愛が詰まったこの作品を、今こそ多くの方に見てほしい、届いてほしいと私も心から願っています。”軍人の妻”合唱団へ愛を込めて。
 

〝軍人の妻〟合唱団とは

2009年、キャタリック駐屯地に住む軍人の妻たちが始めた合唱団。彼女たちは、BBCの人気番組「The Choir」のカリスマ指揮者ギャレス・マローンに手紙を送ると、番組で”軍人の妻”合唱団「Military Wives」が特集される。それを機に、合唱団の存在が大きく広がり、規模や活動が拡大。女王陛下の前での歌唱、オリジナル曲での全英チャート1位獲得など英国で大きな話題となった。のちに各地でも”軍人の妻”合唱団が結成されていった。現在、合唱団は英国と海外に75個あり、2,300人以上の軍に関係する女性が所属しているそうだ。

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ライター
小湊 一凜

小湊 一凜

こみなと・ いちか 1998年6月25日群馬県生まれ。慶応義塾大文学部4年在学中。幼少期にピアノやクラシックバレエなどの経験を通して、表現の奥深さや面白さ、芸術や創作の魅力を知る。大学進学を機に上京し、映画の自主制作や音楽活動に取り組むなかで、自主制作映画の受賞をキッカケに俳優の道を志す。これまでに、テレビ朝日『そんなコト考えた事なかったクイズ! トリニクって何の肉!?』や、銀座博品館劇場ブロードウェイミュージカル「big the Musical」をはじめとし映画や舞台、広告に出演。現在は、主に雑誌「non-no」のカワイイ選抜やガールズユニット「Merci Merci」のサブリーダーとして活動中。好きな映画は「フォレスト・ガンプ/一期一会」、「ウエスト・サイド物語」(1961年)、「母なる証明」、「誰も知らない」、「スワロウテイル」、「彼女がその名を知らない鳥たち」など。趣味はギターとピアノ、弾き語り、スポーツ観戦、ラジオ、料理。

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