「LOVE LIFE」の深田晃司監督=前田梨里子撮影

「LOVE LIFE」の深田晃司監督=前田梨里子撮影

2022.9.07

インタビュー:矢野顕子の曲のおかげで「今回は半歩ポジティブ」 深田晃司「LOVE LIFE」

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勝田友巳

勝田友巳

新作「LOVE LIFE」が、ベネチア国際映画祭のコンペティション部門に出品された深田晃司監督。20歳の頃に聞いた矢野顕子の同名曲に着想を得て以来、温めること20年。矢野顕子の歌声が、作品にどのように流れたのか。


 

離れていても愛し合えるか

矢野の「LOVE LIFE」は、「どんなに離れていても愛し合うことはできる」と歌う。「この曲を、映画にいかに響かせるかがモチベーションでした。この歌のために映画があると思っています」。そう言うほど強い思い入れがある。
 
「表面的な歌詞の言葉以上に、多面的な意味を持っているのが矢野さんの深みだと思っていて。愛してると歌う時、愛を伝えるポジティブな意味合いだけでなはなくて、伝えられないという要素があるかもしれない。いろんな解釈ができる歌い方をしている。『離れていても愛することはできる』は、裏を返せば『どんなに近づいても分かりあえない』かもしれないんです」
 
前夫の子供を連れて再婚した妙子(木村文乃)と二郎(永山絢斗)の夫妻。不慮の事故をきっかけに、音信不通だった前夫シンジ(砂田アトム)が妙子の前に現れる。シンジは韓国籍のろう者で、ホームレスになっていた。幸せそうだった家族はバラバラになり、それぞれが自分と、他者との関係を見つめ直す。家族の物語ではあるが、愛情を確かめて絆を結び直すという予定調和とは対極にある。


©2022映画「LOVE LIFE」製作委員会&COMME DES CINEMAS

家族の前に個人がある

「まずは個人がある」という考えを、映画作りの中で一貫して持ち続けてきた。「家族があるから個人があるのではなく、個人がいるから家族がある。誰もが一人で、孤独を抱えながら生きているんです」
 
「多くの人が、10代のころに私は私でしかない、孤独だという観念を実感するんじゃないかと思うんです。でも、考えたって答えは出ないし、つらくなるだけだし、だんだん考えなくなる。成長するうちにいろんな関係性を得て、仕事や家族も持つ。家族というコミュニティーはそれを忘れさせてくれる。けど、ふとしたタイミングで思い出すことがある。その瞬間を描きたいと思っているんですね。それに対して答えを出すのは、映画の役割じゃない。哲学や宗教に任せて、映画はその孤独と、きちんと向き合って描けばいいと思っています」
 
因習的、常識的な価値観に、鋭く疑問を投げかけてきた。「あらゆる表現は、私に世界がどう見えているかが反映されるべきだと思っています。アートでもエンタメでも、批評的視点が欠かせない。男女を映せばそこにジェンダー観が出る。家族を映せば家族観が現れる。映画は、小さくても社会に影響を与えているということを、いつも意識しています」
 
「LOVE LIFE」は「距離の映画でもある」という。矢野の曲も、距離がモチーフの一つだ。「歌詞はいろいろな解釈ができるけれど、まず距離を描くことが重要でした」


 

二次元の映像で距離を描く

妙子一家と二郎の両親は、巨大団地の向かい合った棟の中程の階に住む。間にある広場を横切ったり、外階段を上り下りしたりする姿を、ロングショットで捉える。仕事中の妙子が、別の建物にある部署に向かう場面では、小走りで移動する妙子を、手持ちのカメラでワンカットで追いかけた。「二次元の映像表現では伝わりづらい、距離感を示しました」
 
シンジが韓国籍のろう者という設定も、「距離」を示している。「生活圏からより遠いところに行くなら、海を越えて韓国だと」
 
ただ「ろう者という考えは、当初なかった」と言う。2018年にろう者の演技のワークショップで講師をしたことで、新たな気づきを得た。「手話が補助言語ではなく独立した言語で、映像的な空間を作ると知りました。そして、妙子と二郎とシンジの三角関係をより緊張させるために、二郎には分からない妙子とシンジの共通言語として、手話を思いついた。そもそもこれまでろう者が自分の映画に出てこなかったことが不自然ではないかと考えるようになりました」
 

リセットされる主人公の、その先

深田監督は妙子を「関係性の中で自分のポジションを得ていた人物」という。「妙子はシンジの庇護(ひご)者から、妻になり母になった」。事故で二郎との関係が揺らいだところにシンジが現れ、再び彼の庇護者となる。深く関わるものの、シンジの意外な一面を見て取り残されてしまう。「シンジには実は、妙子に守られなくても生きられる強さがあった。それを知って、彼女はいろんなものがリセットされてゼロになる。その後どう生きるのか、というのがラストシーン」
 
実はそのラストカット、最初の構想とはちがった場面になった。「これまでの作品では、人は分かり合えないということを描いてきたんですけど、矢野さんの曲は両面的なんです。分かり合えないかもしれないし、そうではないかもしれない。その曲にインスパイアされた映画だから、どちらかを強調しなかった」。ラストシーンの解釈は観客に委ねられているものの、突き放さないのだ。「今回は半歩ポジティブかな」
 
映画の最初と最後に流れる矢野の「LOVE LIFE」は、おそらく全く別の意味合いを持って聞こえることだろう。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

前田梨里子

毎日新聞写真部カメラマン