失語症を理由に引退を表明した、ブルース・ウィリス。1980年代からアクション、スリラー、コメディーやシリアスドラマまで、ジャンルをまたにかけた作品で、映画ファンを楽しませてくれた。大物感とちゃめっ気を併せ持ったスターに感謝を込めて、その足跡と功績を振り返る。
2022.5.25
さよなら、ありがとう、ブルース・ウィリス 愛すべきちゃめっ気とロマンチシズム 村山章
2022年の3月30日、ブルース・ウィリスが俳優業からの引退を表明した。67歳で引退というのは、キャリアとしては遅いわけでも早いわけでもない印象だが、理由が失語症という発表はわれわれ映画ファンを驚かせた。近年のウィリスが、日本では劇場未公開のB級アクションが多いとはいえ、ゴールデン・ラズベリー賞でネタにされるほど膨大な数の映画に出演しまくっていたからだ。
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「ダイ・ハード」
「こちらブルームーン探偵社」のお気楽キャラから一転、「ダイ・ハード」のアクションへ
日本でブルース・ウィリスが最初に認識されたのは、1986年にNHKで放送されたドラマシリーズ「こちらブルームーン探偵社」(アメリカでの放送開始は85年)だった。この恋愛劇とナンセンスな笑いをミックスさせたコメディー番組で、ウィリスはちゃらんぽらんな探偵デイブ・アディスンを演じて注目を浴びた。本気なんだかふざけているんだかわからないお気楽なキャラは、どこか植木等の無責任シリーズにも似ていて、吹き替えを担当した荻島真一の名調子もあいまってその憎めない持ち味に夢中になったのを覚えている。
とはいえブルース・ウィリスが世界的な映画スターになったきっかけが、88年の「ダイ・ハード」であることに異を唱える人はいないだろう。別居中の妻に会うためにロサンゼルスにやってきたニューヨークの刑事が、妻の職場を占拠したテロリスト集団に立ち向かうハメになるこのアクション映画は、ウィリスにアクションスターのイメージが皆無だったからこそ成功したと思っている。
傷つきボヤき、必死の活躍に思わず「がんばれ!」
もともと「ダイ・ハード」の主演候補には、原作の映画化権に関連していたフランク・シナトラは高齢過ぎたとしても、シルベスター・スタローン、クリント・イーストウッド、メル・ギブソン、ハリソン・フォードなど当時の第一線のハリウッドスターが挙がっていた。ウィリスに白羽の矢が立ったのは名だたるスターたちがオファーを蹴った結果だろうが、ウィリス以外の誰が引き受けていてもまったく別のテイストの作品になっていたに違いない。
ウィリスが演じたジョン・マクレーンは職業こそ刑事だが、マッチョなヒーローとは程遠く、「なんでこんなことに……」とボヤきながら、裸足で駆け回って傷だらけになり、必死で頭を働かせ、できる範囲の最大限をやることで、かろうじて事件を解決に導く。ハリウッドのアクション映画の大半は「最後は悪党がやっつけられてめでたしめでたし」という安心感と共に楽しむものだが、それでもなお、観客はウィリスの一挙手一投足に注目し、「がんばれ、がんばれ!」と応援せずにはいられなくなるのである。
アメリカでの「ダイ・ハード」の大ヒットは、主に口コミによるものだった。当時はまだテレビを映画よりも格下に扱っていた時代で、ウィリスの名前に映画スターとしてのバリューがなかったからか公開週の興行成績はかろうじて3位に過ぎなかった。しかし作品の圧倒的な面白さから息の長いヒット作となり、最終的には88年の全米公開作で7位の興収をたたき出した。
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高校時代、旅行先で目からウロコの映画体験
当時高校生だった筆者は、たまたま88年の夏休みにアメリカ旅行する機会を得て、滞在先の知人に頼んで「ダイ・ハード」をやっている映画館に連れて行ってもらった。単に「こちらブルームーン探偵社」を見ていたからで、アクション映画らしいという程度の情報しか持ち合わせていなかったが、仰天し、興奮し、夢中になった。また平日のマチネー興行で観客はまばらだったが、大声で笑い、歓声を上げ、クライマックスでは拍手喝采するというアメリカ的映画鑑賞の洗礼を受けて、なんと映画とは幸せなものかと目からウロコが落ちるような体験をした。
日本に帰ってすごい映画を発見したと吹聴して回ったものの、気がつけば「ダイ・ハード」はあれよという間に大人気作となり、いまでは史上最高のクリスマス映画のひとつとして語られ続けている。「自分だけが知っている」なんて小さな優越感はたちまち雲散霧消したわけだが、あれだけ面白いのだから映画もウィリスも大ブレークするのは必然だったろう。
自分の色に作品を塗りつぶさない
ハリウッドスターとしては非常に珍しいケースだと思うのだが、ウィリスは自分の色で作品を塗りつぶすことがない。「アルマゲドン」の地球を救うために宇宙に飛び立つ掘削職人も、「パルプ・フィクション」の八百長ボクサーも、「シックス・センス」の霊視少年を支える精神科医も、作品に応じて渋味や深刻さが多少変わるものの、ぶっちゃければ演技の幅が広いわけではない。逆に言えば、どんなジャンルでも、作品の持ち味や監督の作風にすんなりとハマってしまうのだ。
おそらくウィリスの代表作は永久に「ダイ・ハード」のままだろう。彼が演じてきた役で「ダイ・ハード」のジョン・マクレーン刑事ほど替えのきかないキャラクターはいないからだ。しかしウィリスの偉大さは、むしろ他の出演作が証明していると言える。中でも世界観の緻密さで知られるウェス・アンダーソン監督の「ムーンライズ・キングダム」は、ウィリスのフィルモグラフィーでも異色だが、ウェス・アンダーソン特有のアートな絵作りでも映えるウィリスの魅力が堪能できる。
「ムーンライズ・キングダム」©2012 MOONRISE LLC. All Rights Reserved.
R&Bアルバムもリリース 憂い帯びた歌声
もうひとつ、ウィリスの親しみやすさが感じ取れるのが、日本ではあまり知られていない音楽活動。リズム&ブルースに傾倒していたウィリスは80年代後半にモータウンから2枚のアルバムをリリースしており、テンプテーションズをゲストに迎えてドリフターズの「アンダー・ザ・ボードウォーク」をカバーするという、黒人音楽のファンには夢のようなことを実現させている。
また「こちらブルームーン探偵社」の劇中ではヤング・ラスカルズの60年代のヒット曲「グッド・ラヴィン」をカバーし、歌だけでなくブルースハープの腕前も披露していた。多分に趣味的なもので、音楽史に残る偉大なシンガーとは言わないが、ウィリスらしい陽気なちゃめっ気とロマンチシズム、そしてほんのりと憂いが宿ったとても魅力的な歌声だと思っている。
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