ⓒ2022映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会 ⓒ1989 清水香子

ⓒ2022映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会 ⓒ1989 清水香子

2022.12.05

和合由依が見た「ラーゲリより愛を込めて」、この物語は「ラブストーリー」!

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

和合由依

和合由依

「希望」を失わず、一生懸命に生きた人山本幡男

泣いた。
映画を見終えた後の帰り道でも私は泣いていました。
こんな体験は初めてでした。
会場では、大人たちのはなをすする音が止まりませんでした。
私の目からも涙が出ていました。泣き終えたと思ったらまた流れる。
止まらなかったのです。
 
第二次世界大戦が終わった後、シベリアの強制収容所(ラーゲリ)で過ごした人たちがいます。ラーゲリで過ごす抑留者たちは、生きる希望を失っていました。そんな中、ダモイ(帰国)できる日が必ずくると信じ、誰よりも希望を語り続けた人がいました。日本にいる家族と会えないまま、何年もラーゲリで時間を過ごした。家族と再会できることだけを信じて、「希望」を失わず、一生懸命に生きた人でした。
それが山本幡男(二宮和也さん)です。


 

ダモイ(帰国)の日は必ずくる

彼の名前を知っていますか?
約75年前に生きていた、実在した人物なのです。
彼は、まっすぐな人でした。
「生きること」について教えてくれました。
 
彼の周りには、「生きることの喜び」を、感じることができなくなってしまった者たちがたくさんいました。
皆、「希望」というものを見失っていました。
 
ラーゲリでの生活は、とても大変でした。
食料も少なく、生活は厳しい。
過酷な状況の中で暮らしていました。
1日にパン一切れ。
それに対して、何時間もの重労働。
自分の意見を述べると上官から体罰を受けます。
 
生きることが苦しくなるのも当然でした。
日本に帰りたくても、自分の意思で帰ることはできない。
遠くにいる会いたい誰かを思いながら生活していました。
母親。
妻。
子供。
「家族」
 
「あの人は今、どこで何をしているのだろうか。元気に過ごせているのだろうか」
「会いたい」
その一心で、また再会する日が来ることを願いながら過ごしていました。
山本も、そう強く思っていました。
 

仲間たちが、「希望」を持てるようになっていった

精神がボロボロになる兵士たちの中には、自ら死を選ぶ者も現れました。
それにより、さらに生き残る者たちの精神は削られるばかりでした。
山本はそんな仲間たちに、ダモイ(帰国)の日は必ずくると励まし続け、「希望」を与えていました。
 句会を始めたり、野球を始めたり。

「生きることを諦めてはいけません」
彼はそう語っていました。
今はつらくても、必ずゴールがあるのだと。
 
今まで表情が暗かった仲間たちが、「希望」を持てるようになっていったのです。
だんだんと、顔色が良くなっていったのです。

突然ですが、あなたにとっての「生きる希望」はなんですか?
私にとっての今の「生きる希望」は、吹奏楽部での活動です。
部活の演奏会で、曲を演奏する時が一番楽しいです。
正直、放課後の部活動は時間が長くて疲れますが、今まで頑張ってきたことを誰かに伝えられる場があると、「ここまでやってきてよかったな」という気持ちになります。
そうすると「次も頑張ろう」と、思うことができるようになります。
何かのために時間を使って、目標までたどり着いた時、うれしくなります。
小さなことでも、これが私にとっての「生きる希望」になっています。

みなさんも、「○○があるから頑張ることができる」といったことがあるのではないでしょうか。

このように、「生きる希望」とは、日々のちょっとした所に隠れています。

私はこうやって、「希望」を持つことができていますが、当時の彼らは、そのような感情を持つことさえもままならなかったのでした。
そんな人たちの背中を押し続けた山本は本当にすごい人です。
 

ついに、山本は遺書を書くことに

ですがそんなタイミングで、山本は病にかかってしまいます。
「あぁ。なんで山本さんが」
たくさんの人を励まし続けて来た人が、なぜこんな目に遭うのでしょうか。
 
そしてついに、山本は遺書を書くこととなりました。
愛する妻と、3人の子供たち、そして母へ。
「ラーゲリより愛を込めて」
 

この物語は「ラブストーリー」

山本の「愛」。
それと、「ラーゲリ」で山本と共に時間を過ごした仲間たちが起こした行動の「愛」。
山本の妻、モジミから感じられる夫婦の「愛」。
 
ぜひ劇場で感じてください。
 
山本に会いに行ってきてください。
山本幡男は、事実生きていた人物です。
彼の「愛」をせいいっぱいに受け取ってきてください。
 
 
最後に。
この映画の企画プロデューサーである、平野隆さんはこう語っています。
「この映画はいわゆる戦争映画ではない。人間賛歌の映画であり、愛の物語である」と。
この言葉が私の胸に、グッと刺さりました。
本作品を「戦争映画」として捉えるのではなく、「愛の物語」として受け取る。
つまり、この物語は「ラブストーリー」なのです。
 
「山本幡男」を、私と同時代に生きる友だちや人たちに一人でも多く伝えたいです。
 
そして、エンドロールの部分も最後までしっかり見ていただきたいです。
どの映画でもそうですが、最後のあの時間はとても大切な時間だと私は信じています。
主題歌である「Soranji」(Mrs. GREEN APPLE)の曲を聴きながら、「Soranji」の意味を感じながら。

あの空間を最後まで楽しんでください。
 
ぜひ、劇場でご覧ください。

ラーゲリより愛を込めて

第二次世界大戦後の1945年。そこは零下40度の厳冬の世界・シベリア…。わずかな食料での過酷な労働が続く日々。死に逝く者が続出する地獄の強制収容所(ラーゲリ)に、その男・山本幡男は居た。「生きる希望を捨ててはいけません。帰国(ダモイ)の日は必ずやって来ます。」絶望する抑留者たちに、山本は訴え続けた―
山本はどんな劣悪な環境にあっても分け隔てなく皆を励ました。そんな彼の仲間想いの行動と信念は、凍っていた日本人捕虜たちの心を次第に溶かしていく。山本はいかなる時も日本にいる妻や4人の子どもと一緒に過ごす日々が訪れることを信じていた。
終戦から8年が経ち、山本に妻からの葉書が届く。厳しい検閲をくぐり抜けたその葉書には「あなたの帰りを待っています」と。たった一人で子どもたちを育てている妻を想い、山本は涙を流さずにはいられなかった。誰もがダモイの日が近づいていると感じていたが、その頃には、彼の体は病魔に侵されてい

ライター
和合由依

和合由依

2008年1月10日生まれ。東京2020パラリンピック開会式では、これまで演技経験がなかったものの、片翼の小さな飛行機役を演じ切り、世界中の人々に勇気と感動を与えた。羊膜索症候群、関節拘縮症による上肢下肢の機能障害を抱える。中学校では吹奏楽部に所属しユーフォニアムを担当。趣味は映画鑑賞のほか歌や絵画。2021年毎日スポーツ人賞文化賞を受賞。

新着記事