「エマニュエル」のオードレイ・ディバン監督

「エマニュエル」のオードレイ・ディバン監督=田辺麻衣子撮影

2025.1.26

性的欲望を解放する主人公は、システムに幽閉された女性の象徴だ 「エマニュエル」オードレイ・ディバン監督

公開映画情報を中心に、映画評、トピックスやキャンペーン、試写会情報などを紹介します。

筆者:

鈴木隆

鈴木隆

撮影:

田辺麻衣子

田辺麻衣子

1970年代に若い女性観客を魅了し大ヒットした「エマニエル夫人」が、舞台を現在に移し「エマニュエル」としてよみがえった。性的欲望を解放し自由に官能を求める女性の姿を、大胆かつ刺激的なエロチシズムとともに描いた。監督は「あのこと」(2021年)でベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞したオードレイ・ディバン。「『エマニエル夫人』が想起する娯楽的なエロスへの期待を、フェイントをかけてかわしつつ、異なる視点で新たな官能的な映画を生み出した」と話した。


エマニュエルが開ける快楽の扉

ホテルの品質調査の仕事をするエマニュエルは、オーナー企業からの依頼で香港の高級ホテルに滞在しながら査察を進める。サービスや設備はほぼ完璧で最高評価の報告書を提出するが、オーナーからアラを探せと命じられる。ホテルの裏の裏を調べ始めたエマニュエルは、常連客だが部屋で寝たことがない謎の男シノハラ、プールで男を誘惑するゼルダらと接するうちに、禁断の快楽の扉を開ける。

インタビューは、エマニュエルが欲望を解放するラストシーンについての質問から始まった。絡み合うエマニュエルと男の周りを、カメラがサークルを描くように移動撮影する。「撮影前から、ラストは私をクラクラさせる場面になる予感があった。エマニュエルの欲望をかきたてていたシノハラという男は、最初は2人のそばにいるが、次第にエマニュエルの視界から消えていく。エマニュエルが心を解き放ち欲望で満たされていくことを表現した。シノハラは必要でなくなるという設定だ。シノハラの存在には秘密があって、(何度も登場しているが)彼には隠し細工がしてあった」

シノハラは飛行機の機内でエマニュエルと出会い、ホテルのロビーやエレベーターでも顔を合わせるなど、エマニュエルの関心をひく男性として描かれてきた。しかし、シノハラは隠しカメラにも顔が映らず、自分の部屋では絶対寝ない。「実はエマニュエルが自分の欲望に到達するために創り出した幻影の意味合いも含んでいた。そう考えてくれる観客がいるかもしれないと考えた」。ホテルから一歩も出なかったエマニュエルが、ラストの直前にある衝動からホテルを飛び出す。「幽閉されていたエマニュエルが、体も心も解放するという意味を込めた」


「エマニュエル」©2024CHANTELOUVE-RECTANGLE PRODUCTIONS–GOODFELLAS–PATHÉ FILMS

商業主義的なエロチシズムからの脱皮

エマニュエルはなぜ閉じ込められた状態にいたのか、今の女性たちの多くがそうした状況にいるということか。「彼女は時代を象徴している。私たちは顔を見つめ合うことはあっても、触れ合おうとはしない。エロチシズムは他者とつながることから生まれるのに、今は他者への関心が著しく衰えている」。なぜそうなってしまったのか。「どこにいてもスマホばかり見て、自分の世界に閉じこもっている。資本主義社会の産物といってもいい」

「エマニュエルの仕事が査察ということにも意味がある。セクシュアリティーも、商業主義的な意味合いを持ってしまった。消費社会では、快楽でさえ人工的に作り出されている、ということもできる」。管理社会への批判が込められているということか。「そうです。エマニュエルの視点は査察、つまりジャッジするためのものだが、少しずつ異なる世界が開かれていく。シノハラやゼルダらに魅力を感じ誘惑され、解き放たれていく」


「観客の五感をフルに刺激する」

本作の核心であり見せ場は、官能的なものをどう描くか。そこにも心を砕いたはずだ。「観客の五感をフルに活用させたかった。ビジュアルはもちろん、音も大切。吐息をつく時に音楽が切れたり音のない部分を入れたりしている。あるいは(ホテルにある備品の)材質の触感など、身体を通した体験としてセクシュアリティーを感じ取ってほしかった」と話す。映画の手法としても「映像のリズムは観客の感覚に影響する。シーンをあえて長くして、観客にこうした感覚を味わう時間、余白を持たせることも考えた」という。ラストの官能的なシーンをたっぷり見せたのもその一つだった。

そのラストシーンでは、エマニュエル自らが性的な欲望を言葉として口にする。日本のロマンポルノなど性表現を見せる映画では、男性が言ったり、女性に言わせたりするのが普通だった。女性の内から発せられるのはまれだ。「エマニュエルは欲望をなかなか口にすることができないが、最後にようやくできるようになる。性的欲望と行為への同意が同時に起こり、かつ欲望が満たされることを映像化したかった」と語る。「今まであまり表現されてこなかった領域に踏み込んだつもりだ」


壁に囲まれた領域を広げたい

前作「あのこと」が世界的にヒットしただけに、プレッシャーもあったはずだ。「違う路線を創り出すのは、正直苦労した。セクシュアリティーという共通項はあるが、今作では観客にはセクシュアルな旅を感覚的に経験してほしかった。何を見せて何を見せないかを考えつつ、観客の見たいという欲求をかきたてて興奮に導くこともあった。試行錯誤が続いた」と振り返った。

2作とも、女性の生き方に正面から向き合っている。「強迫観念のように関心事になっていて、おのずと出てきてしまう。(社会の)システムの中で、壁に囲まれた女性の領域を少しずつ広げていきたい」と語った。

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