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2024.6.04
止まらぬ資本の支配と弱者の排除「不正を告発するのが映画の役割」 「バティモン5 望まれざる者」ラジ・リ監督
「レ・ミゼラブル」(2019年)がカンヌ国際映画祭審査員賞、セザール賞作品賞など絶賛されたラジ・リ監督の新作「バティモン5 望まれざる者」。労働者階級の移民家族が多く住むパリ郊外の団地群を舞台に、強硬手段で一掃をもくろむ「行政」と反発する「住人」の衝突を描いた。夏季五輪目前のパリが抱える〝暗部〟は「他国のこと」とは言えないリアルな社会のゆがみを突き付けている。
移民の家族が多く暮らすパリ郊外の一画、通称バティモン5。再開発のために老朽化した団地の取り壊し計画が進められていた。臨時市長となった医師のピエールは治安改善を理由に計画を一気に進めようとする。一方、移民たちのケアスタッフとして働くアビーは、住人たちの助けになろうと友人ブラズの手を借りながら問題に向き合っていた。ピエールは次々と強硬手段を打ち出し、理不尽な状況に追い込まれた住民たちとの溝はより深くなり激しい抗争へと拡大していく。
悪化の一途 止められない
行政と住人、富裕層と貧困層の対立は、権力や暴力などと交錯し国境などあっさり超えて大きな課題になっている。移民が加わるとさらに事態は深刻だ。ラジ・リ監督はこのテーマにアプローチしたきっかけから話し始めた。「パリ郊外(バンリュー地区)は自分が生まれ育った地域。『レ・ミゼラブル』も本作も、自分が見聞きしたことをベースに描いた。ただ、プロモーションでブラジルや中国、アメリカなど世界各地を回ると全く同じようなことがどこの国にもあり、普遍的な問題だと分かった」
今後についても「世界の大都市を中心に悪化の一途をたどるだろう。より大きな問題に発展する可能性もある」と悲観的だ。「金を持っている人がすべてを操作し、ビジネスの観点ばかりが膨らんでいる。貧しい人たちのための住宅政策のような法案が通るわけでもなく、金融グループなどの力が続く限り止められない」
市民の抵抗が弱まっている
特にヨーロッパでは、右派の躍進が顕著だ。「ファシストが台頭しているのは確か。ナチスの拡大も突然起こったわけではなく、少しずつ支配を広げ大量虐殺などを行った。今同じようなことの繰り返しが始まっているのではないかと危惧している。ガザで起きているジェノサイドのようなことがエジプトやイラン、ウクライナなどどこでも起こりうる。大きな戦争につながる危険もある。政治家には、理性に立ち返ってこうした事態を止めてもらいたい。さらに日本人は、戦争で原爆など多くのことを経験したので理解してくれると思っている」
ラジ・リ監督の言葉は止まらない。「もちろん、こうした動きにあらがう市民の動きも大事だが、私の印象ではその力はだんだん弱まっていると思うし、当局(権力者たち)の流す情報などによって、平和を求める人たちがむしろテロリストと受け止められてしまう印象操作も行われているのが実情だ」
苦しんでいる人に目を向けて
そんな状況の中で、表現者としてのスタンスは明確だ。「映画を撮り続けるしかない。信念に従い、不正を告発していくことが私の役割だ」と話す。この映画でもそうだが、対立を分かりやすく表舞台に引きずりだすということだ。「実際にどんなことが起きているかを告発して、知ってもらいたいという思いがベースにある。例えば、ゲットーのような郊外の地区を、フランス人の多くはメディアや政治家の発言を通してしか知らない。紋切り型に垂れ流されるイメージではなく、映画を通じて住民がとても苦しんでいる姿に目を向けてもらいたい」というのだ。
基本的な構図はこうだ。農村地帯から大都市へと人が流入するものの、その人たちが住む家はない。人口増加で地価が高騰し、弱い立場の人が排除される。「パリも、中流階級の人が住む場所を広げ、郊外のゲットーに住んでいた人たちがより不便なところに追いやられる」。移民に置き換えてもいい。
ドキュメンタリー的な撮り方で現実味を
映画はリアルなエピソードの積み重ねだ。「現実を誠実に写し取るよう考えた。フィクションでも、ドキュメンタリー的な撮り方をすることでより現実味を持たせることが可能になる」。同時にテンポよく見せることにも気を配った。キャリアの初めにアーティスト集団「クルトラジメ」で短編映画やミュージックビデオを手がけた。「短いシークエンスをテンポよいリズムでつなぎ合わせるのは得意かもしれない」と自信ものぞかせた。本作のような群像劇でも、脚本づくりから生かされた。
ただ、監督としては「できるだけ一歩引いたところに身を置くこと」を心掛けたという。「レ・ミゼラブル」も同様だったが、住民の側に親近感を覚え、ある一つの立場から撮りたくなることがあったという。しかし、それではダメ。「中立公正にすることで、作品により力が与えられる」と確信している。
3部作の構想「第3部は90年代」
「バティモン5」では、高圧的な市長に対峙(たいじ)する移民の側も、象徴的で分かりやすく、対照的に描いた。女性のアビーは合法的なやり方で闘争を続けようとし、男性のブラズは最終的に暴力に訴えてしまう。「フランスでは、合法的解決をあきらめて暴力につながる現実もある。映画では二つを対立させて、善=アビーが勝つ形にした」。アビーは黒人でムスリムの女性だ。「映画に登場することは極めて少ない。演じたアンタ・ディアウは新しい才能ある俳優だった」
「レ・ミゼラブル」、本作とパリ郊外が包含する困難な課題を撮ってきたが、続編はあるか。「当初から、フランスにおけるこの30年を3部作で描きたいと考えていた。『レ・ミゼラブル』は最近、本作は2005年前後、第3部では1990年代を描く構想がある」と話した。