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2023.6.18
緊急事態宣言の夜に聞こえた地球の泣き声 〝あの時の自分〟今こそ思い出して 「東京組曲2020」三島有紀子監督インタビュー
新型コロナウイルス感染流行で、最初の緊急事態宣言が出された2020年4月、何を感じ何をしていたか。「東京組曲2020」は三島有紀子監督が企画、監修し、20人の役者たちとフィクションも交えて「その時の思い」を記録した作品だ。三島監督は、コロナ禍が次第に過去になっていく中で「今、見るべき映画になった」と語る。
世界中の人の背中をさすってあげたい
20年4月7日、東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県に緊急事態宣言が出され、同16日に対象が全国に拡大した。三島監督は自身の誕生日である同22日未明、眠れずにベランダで小説を読んだり、脚本のプロットを書いたりしていた。真っ暗な中でどこからかすすり泣くような声が聞こえ、その声がヒーヒーという音に変わった。
「もしかしたら、大切な人をなくしたのか、会いたい人に会えずに寂しいのかと想像した。疲れた医療従事者かもしれない。理不尽なことに対する怒りのようにも聞こえた。いろんな感情が伝わってきた」。泣き声は5分ぐらい続いた。三島監督自身も次作の撮影が延期になり、うつうつとした気分でベランダに出ていたという。
「(一人の声なのだが)団地の人みんなの泣き声のように感じ、次第に日本中の人の泣き声、世界中の人の泣き声のようにも聞こえた。理屈じゃなくて。私も泣きたかった」。その声にどう心が動かされたか。「泣き声の感情に寄り添いたいと思った。自分とシンクロしている部分もあって、背中をさすってあげたい、自分もさすってもらいたいと感じた」。泣きやむまで付き合おうと考えた。
「東京組曲2020」©「東京組曲2020」フィルム パートナーズ
みんなの思いを記録 コロナから逃れたい
その時に改めて思い起こした。「役者の中に生まれる感情に寄り添って撮るのが私の仕事。人の感情をすくい取るのが一番大事だという思いとともに、映画を作ってきた」。自身の映画作りのベースがよみがえった。
空は少しずつ白んできた。緊急事態宣言で街も自分も死んでいるように思っていたが、ベランダに出てくる人の声、散歩をする人、自転車などの音が聞こえた。世界中の人が生きていることを実感した。「みんなどうしているんだろう。何を感じているのか連絡してみようと思った。みんなの感情を記録したい」
大学で自主映画を撮っているころから、うれしそうな顔をしている人を見ると撮りたくなった。「当たり前と思っていたことが、コロナ禍である日突然なくなった。恐怖と不安を感じる中で、今撮っておかないと、人の営みを残すことができない」。だが、緊急事態宣言下で自分が撮りにはいけない。「仕事がなくなって、表現に渇望している役者さんなら、自分たちの生活や感覚を残すことにクリエーティブになれるのでは」
「東京組曲2020」©「東京組曲2020」フィルム パートナーズ
20人の役者たちが、被写体で撮影者
ワークショップで知り合ったり、三島監督の作品に感想を送ってくれたりした役者ら大勢に声をかけた。面識のない人もいた。「参加したい」との応募が約100人。どういう生活で何を感じているか、話を聞きたいと思った人がおよそ50人。実際に撮ってもらった人は30人ほど。最終的に20人の役者が被写体となり、撮影者となった。
「みんな何かやりたがっていた。今までやっていたことができなくなって、何かすることで客観的になって、没頭して、コロナの恐怖から逃れたいんだ」と感じた。
「私は常に、人間観察をしたいと思っている。こうした状況に放り込まれた時に人はどんな行動をし、どんな感情が生まれ、何を得ていくのか見届けたい。自分や社会に起こっていることを作品に落とし込みたい」
「東京組曲2020」©「東京組曲2020」フィルム パートナーズ
松本まりかの泣き声に本物のリアクションを
役者は自由にカメラを回しているが、取り決めのようなものはあったのだろうか。「自由に撮っていいが編集は任せてほしいと伝えた」。最初から決めていたことが、もう一つあった。「私が聞いた、泣き声。松本まりかさんに演じてもらい、撮影する役者たちにその声を聞いた時の表情を記録してほしい、リアクションをそのまま撮ってほしい、とお願いした。大きなフィクションの部分だが、リアクションは本物。それが映画のラストになると」
松本には、ベランダで耳にしたのは「地球の泣き声」と伝えたという。松本は「難しい」と言って5分ぐらい考えてから、絞り出すように「会いたい」と言った。「普段の映画ならこうしたストレートな言葉は絶対使わないし、脚本にも書かないが、あえて使用した」。ただ、この「会いたい」は本編では落とした。そこに感情移入してしまうから。この声をどうするか今も検討中という。
「東京組曲2020」の三島有紀子監督=藤田明弓撮影
2020年に感じた不安と恐怖
映画は22年8月に完成したが「コロナ禍でつらい思いをしている人が数多くいるときに、あえて見る人がいるか」と考えた。公開は23年5月、新型コロナウイルスの感染症法上の位置付けが5類に引き下げられた時期になった。
「20年に感じた、えたいの知れない不安と恐怖を忘れてしまいそうな時期。今こそ見て、もう一度思い出してもらいたい。奪われた時にあれほど渇望していたものは何だったのか。これから生きていくうえで考えてほしい」
「私も死の恐怖と隣り合わせと感じていたが、3年たっても生きている。今なら『生きたい』かもしれないが、役者たちが撮ってくれた素材をつないでいるときは、『会いたい』という言葉を感じた」。見た人からは「当時の自分を思いだす」「自分はこうだった」という反応が多いという。「20年春のご自身に会いに来てください」
人間って滑稽で面白い
三島監督にとっての、この作品の意味を聞いてみた。コロナ禍での自分に向き合ったオムニバス映画「DIVOC-12」(21年)の中の「よろこびのうた Ode to Joy」と、短編映画製作プロジェクト「MIRRORLIAR FILMS Season2」(22年)の「IMPERIAL大阪堂島出入橋」と合わせて3本で一区切りという。
3本ともパーソナルな部分を入れ込んだ。「東京組曲」も、自分が体験した泣き声から映画作りが始まった。「これまでは原作ものが多かったせいもあって、エンタメの中にパーソナルな部分をどう入れ込んでいくかだったが、この3本はパーソナルな部分にエンタメをどう入れていくかがベースになった」と冷静に分析する。「ものすごいエンタメと作家性の強い作品と、双方を撮りたくなった」と話す。
次作は長編劇映画で、仕上げ作業中という。「人間って滑稽(こっけい)で面白い。心身ともに大変な時でも、少しでも楽しく生きようとする。その姿は美しい。『東京組曲』にもチーズを作る人がいたし、私も突然ナポリタンを作り始めて、ピーマンを正方形に切ってみたのを思い出した」と笑顔を見せた。