「ノーヴィス」の ローレン・ハダウェイ監督

「ノーヴィス」の ローレン・ハダウェイ監督提供写真

2024.11.17

ボート競技に溺れた新人女子大生が落ちた闇 「ノーヴィス」ローレン・ハダウェイ監督

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鈴木隆

鈴木隆

ボート競技(ローイング)に魅入られ、狂気のスパイラルに陥ってしまう18歳の女性を描いた「ノーヴィス」。自らの実体験を基に「闘志と執着についての脚本」を書きあげ、「有毒で虐待的な、女性をエンパワーメントする物語」を演出したのはローレン・ハダウェイ監督だ。「目的を見いだす厳しい人間の映画であり、この中に自分自身を見つけ出す人がいることを願う」と語った。


困難への歯止めない挑戦

大学1年のアレックスは高校をトップの成績で卒業し、大学では一番苦手な物理を専攻。女子ボート部に入部し「困難だからこそ挑戦する」というJ.F.ケネディの言葉を胸に、自身の限界を超えたい一心で過酷なトレーニングに身を投じる。強すぎる情熱はとどまるところを知らず、スポーツ万能で奨学金を得るために入部したジェイミーと、レギュラーの座をめぐり激しい争いを繰り広げる。ノーヴィスは新入り、初心者のこと。

ハダウェイ監督は「ヘイトフル・エイト」(2015年)、「セッション」(13年)など多くの作品で音響デザイナーとして活躍し、本作で監督デビュー。過剰にローイングに溺れるアレックスを見て、思わず監督は大丈夫なのか、執着はあるのか聞いてしまった。「(アレックスは)10代から30歳ぐらいまでの自分。今はほとんど共感できないが、できる部分も少しある」

20代のころの自分を振り返る。「キャリアや学校が一番大事で、ほかはどうでもいいという感じだった。まあまあとか中庸とかができなかった。自分をチャプターごとに分けて、この夏は徹底的に遊ぶとか、仕事するとか。それが私なりのバランスの取り方だった。適当なところで抑えるやり方は今もできない。オール・オア・ナッシングの中で自分のバランスを壊さないようにしている」

もっとも「年を重ねて多様な人に出会い、友人や恋人を持ち、おいしい食事をとるなど人生の味わいも大切と思うようになった」と聞いて、ホッと安心。アレックスはボートだが、大半の人が大なり小なり、学校だったりキャリアだったり同じような特質はあるという。「特定的であればあるほど普遍的であるといわれる。映画はボートをこぐというニッチな話だが、人間の本質の一端を描いたつもりだ」と話した。


「ノーヴィス」©The Novice, LLC 2021

不安と不気味さ 音で演出

ボートをこぐときの音が頭に響き、見終わっても体全体に重くのしかかってくる。音へのこだわりは、実体験と音響デザイナーの仕事、双方から作りあげた。「音が入る前の映画はほとんど見られたものではない。音はパワフル。ありふれたシーンも音によって名シーンになりうる」。音を最重要視した、音響デザイナーならではの視点と着想が、作品をより際立たせた。「多くの監督は、ビジュアルは大切にしているが、音はあまり気にしていない。音は監督が使うツールとしては比較的安価なもの。音の大切さに気づいてほしい」

この映画の音の使い方は演出の一部であり「振動や周波数の高低など原始的なレベルで体に訴えてみた」と話した。つまり「少し不安を覚え、不気味に感じる音を使うことで、観客がアレックスの心の中に入りやすくなる。アレックスを体験してほしい」と考えたのだ。見ていて苦しくなるような展開、物語に音が大きく貢献している。


曇天狙い感情的場面撮影

もう一つ、大きな特徴といえるのが画面全体のトーン、色調である。太陽が照り付ける場面はほとんどなく、曇り空で今にも雨が降ってきそうな湿り気のある映像ばかり。アレックスの心情を反映していたのか。

「いい天気の日もあったが、その日は感情があらわになるシーンの撮影で、撮影監督のトッド・マーティンに相談し、プロデューサーに頼んで日を変えてもらった。エモーショナルなシーンを晴天の下で撮ったら映画自体がダメになると伝えた」。数日後の天気の悪い日に撮影し「パーフェクトだった」とほほ笑んだ。

ボートをこぐ水辺、学校もロケハンで選んだ場所を変えた。「学校は、(壁など)グレーのトーンの強い抑圧的な場所で撮れて、すさんだ感じが出せた」と満足気に話した。あらゆるものが、作品が発散する雰囲気やアレックスの内面に合わせて進んだ。


ミスマッチのラブソングと

作中にはこうしたトーンにはそぐわないラブソングが、幾度となく流れ驚く。ハダウェイ監督は、我が意を得たとでも言わんばかりに説明した。「アレックスとボートの関係が、なんとなくロマンスに見えた。出会いは少しぎこちなく、恋に落ちて、愛し合って、しばらく良い状態が続くが、次第にダークになり関係が悪化し終わってしまう。恋愛の一連の変化と似ている」というのだ。

「ボートというスポーツに恋をしたのでラブソングを使ったが、楽曲の最後の方は音がひずんだ形にした。ハッピーな愛の歌にひずみを加えて、美しいものがダークになっていく不気味な感じを演出した」。美しいものとダークなものは音楽に限らず相性がいいのでは、と聞くと「大切に思っている人やモノによって傷つくことはよくある。とてもデリケートなバランスで成り立っている」と付け加えた。


妄執理解したイザベル・ファーマン

アレックスを演じたイザベル・ファーマンのストイックな演技が作品をけん引した。ハダウェイ監督自身が投影されている役だ。「オーディションでキャスティングした。彼女は手紙をくれ、実際に会った。イザベルには強烈な部分があり、妄執を理解できる人だった。そういう人でなければ演じられないと思っていた」

撮影前の6週間、毎朝4時半に起き、1日6時間以上の水上トレーニングを行い、苦しみも痛みも経験した。「イザベルはアレックスのような経験をしたので、撮影のころにはアレックスをかなり理解していた。撮影中もランチタイムも、どういうシーンか、私の人生のこうした体験に基づいたものだと話した。演技することでより強度を増したシーンもあった。初監督だが、直感的に仕事に没入していた」と振り返った。今後のプロジェクトでも「強烈な女性キャラクターが登場するのは共通」と口元をほころばせた。

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ライター
鈴木隆

鈴木隆

すずき・たかし 元毎日新聞記者。1957年神奈川県生まれ。書店勤務、雑誌記者、経済紙記者を経て毎日新聞入社。千葉支局、中部本社経済部などの後、学芸部で映画を担当。著書に俳優、原田美枝子さんの聞き書き「俳優 原田美枝子ー映画に生きて生かされて」。

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