「ノーヴィス」

「ノーヴィス」©The Novice, LLC 2021

2024.11.01

この1本:「ノーヴィス」 垣間見る没我の境地

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

映画の序盤で、「なぜボート部に入るのか」と聞かれた主人公が口を開いたところで邪魔が入り、答えを言わないまま物語が始まる。その答えを、言葉や説明ではなく映像による描写で、とことん突き詰めてゆく。主人公の異様な精神状態と、見ている方も共振しそうな危ない一作である。

タイトルは「新人」の意味だ。女子ボート部に入部した大学1年生のアレックス(イザベル・ファーマン)は、ハードなトレーニングにのめり込む。一方で、専攻の物理で好成績を収めることもおろそかにせず、指導教官とも付き合い始めた。部活、勉強に恋。と並べれば青春満喫、充実した学生生活のようだが、映画は対極。アレックスは苦行僧のように自分を追い込み、全く楽しそうには見えない。

物理は苦手科目だし、ボートは未経験で、同じ1年生で高い運動能力を持ったジェイミー(エイミー・フォーサイス)が常に先を行く。大学は強豪ではないし、その1軍に残れるかどうかも分からない。それでも一人、誰よりも努力する。異様な執着ぶりは周囲から浮きまくり、周りの全員が「リラックスしろ」と忠告しても耳を貸さない。

説明的なセリフや場面はほとんどなく、映像と音でアレックスを表現する。たとえば「フォームを身につけるのに1万時間かかる」というコーチの言葉に忠実に従って、陸上のボートトレーニング機器をひたすらこぐ。全身を使った、苦しく単調な反復練習だ。

汗にまみれて集中する姿を、時に手持ちの揺れる映像で、時に正面から固定で、時に細部をクローズアップしたスローの映像で重ねていく。やがてアレックスが至る没我の境地を、観客も垣間見る。音響パートから映画界に入ったというローレン・ハダウェイ監督は、アレックスの中に響く音やつぶやきを強調し、張り詰めた画面に相反したラブソングを重ねてみせる。孤立し独自の世界に沈み、ついに常軌を逸していくアレックスの内面が、即物的に迫ってくる。小品ながら、重量級の異色作。1時間37分。東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、大阪・テアトル梅田ほか。(勝)

ここに注目

スポーツを題材にした映画にありがちな感動や勝利、達成感はみじんもない。痛みと焦り、ゆがみばかりが募っていく。それでも、自分自身を見いだす人は結構いるのではないか。1か0。仕事でも勉強でもスポーツでも、大なり小なり歯止めが利かず、感情的にも負のスパイラルに陥ってしまう。失恋の時の妄執から抜け出せないこともその一つだろう。ボートをこぐという一見シンプルで、ニッチな物語だからなおさらだ。目を背けたくなるような人間の本質を徹底的に描き切って圧巻というほかない。(鈴)

ここに注目

謎のモチベーションで猛トレーニングに没頭し、チームメートへの協調性ゼロ、ついには自傷行為に走るアレックスは、共感しようのないドン引き必至の主人公。そんな彼女の行くところには暗雲がたれ込め、クライマックスには稲妻がまたたく。ところがその先には、こちらの想像を超えた終着点が待っている。アレックスは終始ミステリアスであり続けるが、誰にも称賛されない挑戦を貫くこの主人公に、最後はひれ伏すしかない。遠目には優雅そうに映るローイング競技の過酷さも疑似体感させる一本だ。(諭)

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