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2023.11.02
東京国際映画祭で2冠!「正欲」岸善幸監督 「狂気抱えて〝普通〟を演じた稲垣吾郎」
LGBTQといえば性的多様性。「正欲」はそんな単純な公式に揺さぶりをかける。岸善幸監督も「自分の理解の浅はかさ」に気づくところから、映画化に取り組んだ。朝井リョウの小説が原作だ。11月1日に閉幕した第36回東京国際映画祭で最優秀監督賞と観客賞を受賞。「世界に届いた」と喜んだ。
プロデューサーに勧められて小説を読み、「目からウロコ、衝撃だった」と振り返る。「『多様性』への理解の浅はかさに気づき、その意味を考えさせられた」。物語の登場人物の性的指向は、理解と想像を超えている。注目されるLGBTQは、マイノリティーの中でも多数派。そこからこぼれ落ちる人々の群像劇である。
〝普通〟に違和感を覚えてもらいたい
ショッピングモールで働く夏月(新垣結衣)、夏月の中学の同級生佳道(磯村勇斗)、大学のダンスサークルに所属する大也(佐藤寛太)。3人は自分の特殊な性的指向が他人に知られることを恐れ、〝普通〟の人たちの中で孤独に生きていた。大也と同じ大学の八重子(東野絢香)は性的トラウマを抱え、男性を恐れている。岸監督は「マイノリティーの中のマイノリティー」と表現する。「多様性」「インクルージョン」と言いながら、彼らの存在は気づかれてすらいない。
一方、稲垣吾郎が演じた検事、啓喜は「〝普通〟を代表する存在」だ。犯罪者を落後者と断定し、不登校になった小学生の息子が動画配信を始め、学校に戻ろうとしないことを苦々しく思っている。「今の〝多様性〟がすくい取れない人たちを、観客にどう感じてもらうか。観客が、映画に大多数の側、〝普通〟の感覚から入り、そこに違和感を覚えてもらうことを意識した」
「正欲」©2021 朝井リョウ/新潮社 ©2023「正欲」製作委員会
誰も知らない「感じ方」どう描くか
苦労したのは、特殊な対象に刺激される性的興奮をどう描くか。「リサーチは作品ごとにしますが、今回は調べようがなかった。海外のブログに同じ性癖の人を見つけても、この映画の登場人物には反映できない。脚本はできたのに、演出側も撮影側も、演じる側にも答えがない」。普段の演出では俳優の演技にゆだねるが、今回はディスカッションを重ねたという。「映像にして観客にどう伝えるか。最後の最後まで話し込んだし、現場でも考えた」
夏月が性的興奮を覚える場面。「原作で夏月は太ももを閉じるとあるんですが、彼女が感じているのが体の部分なのか全身なのか。議論して、観客に理解できる映像を考えた」。それでも正しく伝わったかどうか。「撮影がアップしてからも、編集しながらも悩みました。今も分かりません」
ヤボったい憎まれ役を楽しんでいた稲垣吾郎
キャスティングは岸監督の狙い通り。人気俳優たちが、いつもと異なる表情で特殊性癖を持つ登場人物を演じている。夏月を演じた新垣は、いつもの笑顔を封印、他人を寄せ付けない雰囲気だ。「新垣さんは、企画書を送ったら原作を読んでくれて『本能的にやりたい』と言ってくれました」。磯村は岸監督の前作「前科者」(2022年)にも出演。「スケジュールが合ったらぜひ、と」。トントン拍子。新鋭の佐藤寛太、東野絢香は「本読みでのカップリングが良かった」。
要は稲垣吾郎。啓喜は良識の代表として登場するものの、次第に異物を認めない偏狭さの象徴に見えてくる。いわば憎まれ役。岸監督のご指名だ。「十三人の刺客」(2010年)で演じた、暴虐狂気の藩主が印象的で。『正欲』でも徐々に狂気を見せてほしかった。狂気を抱えながら、狂気じゃない部分を演じてもらうのに適役だと思ったんです。持ち前のエレガントさを隠して、ヤボったく日常になじんでもらった。本人にも挑戦だったのではないでしょうか。楽しんでましたよ」
自分を偽らずに生きられる社会を
描こうとしたのは「人とのつながり」だ。性的指向が共通する夏月と佳道は、初めて理解者と出会うことになる。「今の〝多様性〟ですくい取れないマイノリティーで、社会から疎外され、なじめない生き方をしてきた2人がどう結ばれるか、大きなテーマだった」
「彼らの特殊な性的指向は、カテゴライズされれば社会から孤立するかもしれない。しかし人間という大きな枠の中で考えれば、本質的な感覚は共通するのでないか。それを認め合い、誰もが自分を偽らずに生きていくことができる社会が、本当の多様性の意味ではないのかな。自分と違う人を認めることで、風景も日常も違って見える。そのとっかかりになれば、この映画を作ったかいがあると思う」
岸善幸監督=勝田友巳撮影
今を捉え、普遍性を込めたい
岸監督はテレビマンユニオンに所属し、テレビのドキュメンタリーやバラエティーを多く手がけてきた。映画は「正欲」が4作目。現代を生きる人間たちを掘り下げ、2017年の「あゝ、荒野」が毎日映画コンクール・日本映画優秀賞を受賞するなど、一作ごとに高く評価される。
テレビと映画を往還して「映画は『今』を捉えようと、いちばん四苦八苦しているメディア」と言う。そしてその「今」は「パンデミックがあったからコロナを描く」という感覚ではない。「表現の新しさはツールに過ぎない。描くのはテーマで、手を抜いたり妥協したりすれば、作品は一瞬にして古くなる」
「正欲」も、原作の出版当時は最先端のさらに先を見つめた題材だったが、映画化を進めるうちに性的多様性を取り巻く環境は刻々と変わった。「この映画も直球で『今』を描いたと思います。観客の身体、心情に訴えかけることが、普遍につながる。時代に刻まれる作品を作りたい」
東京国際映画祭コンペティション部門への出品に「とてもうれしい。賞が取れたら……」と期待を口にしていたが、見事ダブル受賞。授賞式では「励みになります」と喜んだ。「すべての人が自由に、自分を偽らずに生きられる社会とは何かと問いかけたかった。アイデンティティーの確立が難しい時代で、多様性の意味を考えてほしい」と呼びかけていた。